【NAVAJO】ナバホのアンティークジュエリー、当時サンタフェに在った【SOUTHWEST ARTS&CRAFTS】=【Ganscraft】で制作された事が判断可能な作品で、インゴットコインシルバー(銀塊)から成形された重厚なバンドをベースとして、中央に施されたランバス型のリポウズ/バンプアウトが特徴的なアンティーク/ビンテージバングルです。
20世紀前半頃にアメリカ中西部の観光客向けに制作された【Tourist Jewelry】ツーリストジュエリーや【Fred Harvey Style】フレッド・ハービースタイルと呼ばれるスーベニアアイテム(土産物)の一つ。しかしながら一人の職人が全ての工程を担当し伝統的な技術によってハンドメイドで仕上げられた作品となっています。
また、本作にはホールマーク(作者やショップのサイン)の刻印がありませんが、当時の同社カタログ資料や使用されているスタンプツール(デザインを刻む刻印)から、間違いなく【Julius Gan's Southwestern Arts and Crafts】ユリウス・ガンズサウスウエスタンアーツアンドクラフツ(以下ガンズクラフト社)で作られた作品であることを特定することが可能な個体です。
さらに、当時作られた同工房の銀製品は全てコインシルバーとされており、本作もコインシルバー(品位900=90.0%の純度)で作られています。
1930年代~1950年代前半頃に作られた作品で、同社の作品では時代によって変化が見られますが、【Slug Silver/スラッグシルバー】(小さな銀塊)と呼ばれていたインゴットコインシルバー(銀塊)から成形された地金が多く用いられており、本作も同様のインゴットシルバーからハンマーワークによって成形された事が推定可能な作品です。
心地よい重量感を持ち比較的ワイドな幅に仕上げられており、センターにはランバス型/ダイヤモンド型のリポウズ/バンプアウトが施されています。
このようなシルバーワークの多くは、鏨(鉄製の金型ツール)の凸と凹を用いてシルバーを挟み、叩きだすことで立体的なシェルデザインを浮き上がらせますが、本作の中央に施された菱形のリポウズについては、木(丸太)やレッド(鉛の塊)に施された凹みに、地金となるシルバーをハンマーで叩き沿わせることによってドーム状の膨らみを作り上げる高度なシルバーワークによって形作られています。
そして、それらのデザインに合わせ全体に力強いスタンプワークが配され、フロントが広く、ターミナル(両端)にかけて少しづつ細くなるバンドのシェイプとなっており、腕に対する馴染みも素晴らしいブレスレットとなっています。
また、全ての工程やディテールがナバホジュエリーの伝統的な技術とスタイルによって形作られたピースながら、その完成度やデザインにはSOUTHWEST ARTS&CRAFTS/Ganscraftの独創性とスペシャリティを感じさせるブレスレットとなっています。
【Julius Gan's Southwestern Arts and Crafts】(以下ガンズクラフト)は、もともとは法律家だった【JULIUS GANS 】ユリウス・ガンズによって1915年、サンタフェプラザに小さなインディアンアート/アンティークショップとして創業し、その後、サンタフェでも最大級の店に成長していきます。
1927年ごろからは独自にナバホ・プエブロのインディアンシルバースミスを雇い入れ、店頭にてその作業を見せるスタイルで運営されていました。
当時、雇われていたアーティストは現在では非常に豪華で、その後有名作家として名を馳せる人物が多い事も特徴と言えます。
それは、【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホース、【David Taliman】デビッド・タリマン、【Mark Chee】マーク・チー、そして【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ等、非常に優秀で後世にも多大な影響を与えた作家たちが所属していました。
そのため、当時から同工房で生まれた作品は、大変評価が高くトラディッショナルなスタイルを守りながらも独自性のある作品も多く作られました。
しかし、その歴史は平坦でなかったようです。
ガンズクラフトでは、現在フレッド・ハービースタイルと呼ばれるBELLやMaisel's等のメーカーとは異なり、一人の作家がすべての工程を担い、材料の加工から仕上げまでを行っていましたが、いち早くシルバーシート/ゲージ(銀板)材料の導入を行いました。
そのため、政府(米国公正取引委員会)の介入を受けることになり、Maisel's等と同様に扱われることになってしまいます。そして、1930年代中ごろには国立公園内等での販売が出来なくなってしまいました。
そこで、復権のために導入されたのが本作の様に『S』の刻印を持つ【Slug Silver】です。 Slug Silverは、それまでのインゴットに比べると小さなコインシルバーの塊で、大きく扱いにくいインゴットよりも効率がよく、制作しやすかったようです。前述の【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナもSWCA在籍時にはこの『S』の刻印を使用していたと証言しています。
現在、【Fred Harvey Style】は明確な定義がなく、Fred Harvey Companyもレストランやホテル等の観光施設経営でだけでなく、もともとはインディアンアートトレーダーとしての側面を持っていました。
そのため、こちらのガンズクラフトやSeligman's、GARDEN OF THE GODS TRADING POST等も旅行者に向けた「スーベニアビジネス」・「ツーリストジュエリー」と言う意味では量産化した工房のBELLやMaisel'sと同様です。
ただし、現代において多くのフレッド・ハービースタイルと呼ばれる作品の多くが、Arrow NoveltyやBELL、Maisel's、Silver Arrowの分業化や量産化を推し進めたメーカーのピースであることを踏まえると、こちらの様に全行程を一人の作家が担当し、ベンチメイドによりすべて手作業で仕上げられている作品はフレッド・ハービースタイルの作品群(マスプロ)とは一線を画しています。
また、もう一つのガンズクラフトの特徴としては半数以上の職人が在宅で仕事をし、定期的に作品を収めるスタイルをとっていたことです。
そのため、同工房が供給する独特のコマーシャルスタンプ(量産化された鏨)も使用しながら、上質なターコイズや安定した質のコインシルバー(Slug Silver)も供給されたことで、それぞれがハイクオリティーで個性的な作品を残すことになったようです。
さらに、現代においてもチマヨ織物を用いたジャケット等で知名度を持つ【Ganscraft】ガンズクラフト社と同じカンパニーであり、パースと呼ばれるチマヨ織のポーチを最初に制作・販売した工房としても有名です。
現在では日本の老舗アパレルである東洋エンタープライズ社が実名復刻をされておられます。
【Coin Silver】コインシルバーとは、インディアンジュエリーにおいては銀含有率90.0%の地金を表します。
また、アメリカの古い硬貨における銀含有率は900ですが、日本では800~900や古い百円硬貨では600、メキシカンコインは950であり、900シルバーが最も多く使われていますが世界中で共通した純度ではありません。
同様に【Sterling Silver】スターリングシルバー=【925シルバー】は、銀含有率92.5%の地金であり、こちらは世界中で共通の基準となっています。
また『割金』と呼ばれる残りシルバー以外の7.5%には、銅やアルミニウム等が含まれています。(現在では、スターリングシルバーの割金は7.5%全てが銅と決められています)
主にイギリスの影響を受けた国において『STERLING』、それ以外の国において『925』の表記・刻印が使用されています。
925シルバーは熱処理によって時効硬化性をもち、細かな細工や加工に向いていたため食器や宝飾品等様々な物に利用されていますが、インディアンジュエリーにおいては、その初期に身近にあった銀製品、特にシルバー製のコインを溶かすことで、材料(地金)を得ていた背景があるため、現代でも限られた作家によりコインシルバーを用いる伝統が残されています。
インディアンジュエリーの歴史では、1900年代初頭にH.H.タンメン社が『800-Fine Silver』(シルバー含有率80.0%)を採用し、1910年代~1940年代初頭までに作られたツーリストジュエリーにおいては、Coin Silver 900が多く採用されました。
シルバーの色味や質感は、『割金』や製法にも左右され、コインシルバー900とスターリングシルバー925の差異は純度2.5%の違いしかない為、見た目で判断するのは困難ですが、やはりコインシルバーは少し硬く、着用によってシルバー本来の肌が現れた時に、スターリングシルバーよりも深く沈んだ色味が感じられると思います。
さらに古い1800年代後半頃の作品では、メキシカンコインが多く含まれていたためか、そのシルバーの純度は95.0%に近くなっているようですが、身近な銀製品を混ぜて溶かしていた歴史を考えると純度に対してそれほど強い拘りはなかったことが推測されます。
【Ingot Silver】インゴットシルバー(銀塊)からの成形は、アンティークインディアンジュエリーにおいて非常に重要なファクターですが、銀含有率/品位とは関係なく、ジュエリーの製法技術を表します。
現在制作されている作品の多くは、材料として市販されているシルバープレート(銀板/ゲージ)を加工することでジュエリーとして成形されていますが、インゴットから成形する製法では一度溶かしたシルバーを、鍛冶仕事に近い方法であるハンマーやローラーで叩き伸ばすことでジュエリーとして成形していきます。
最終的にはどちらもプレートやバーの形態になるため、大きな差は無いように思われますが、インゴットから成形されたシルバーの肌は、硬くなめらかで鈍い光を持っています。それにより生み出されるプリミティブで武骨な作品の表情は、やはりアンティークインディアンジュエリーの大きな魅力です。
また、1930年代にはシルバープレートが登場しますが、当時シルバープレートを用いて制作されたジュエリーは政府によりインディアンクラフトとして認定されず、グランドキャニオンなどの国立公園内で販売できなくなった記録も残っています。
本作もおそらくスラッグシルバー(小さなコインシルバーの銀塊)から成形された作品であり、ツーリストジュエリーらしいキャッチーな印象と、ガンズクラフト社が育てたシルバースミスの独創性、そしてビンテージインディアンジュエリーらしい魅力が感じられるピースです。
伝統的なシルバーワークで作られ、高い技術と造形センスを感じるバングルであり、シルバーのみで構成されている為、性別やコーディネイトを問わずフィットし、アンティークの質感によって大人向けのアイテムに昇華されている印象です。
また、高度なハンマーワークによる立体的な造形により、ビンテージインディアンジュエリー独特の武骨で上質な造形美も感じられるピースです。
非常に手間のかかるディテールが惜しげもなく盛り込まれ、プリミティブな製法ながら時間と技量が注がれたシルバーワークにより、武骨ながらどこかエレガントで工芸品としてだけではなくジュエリーとしての品位が与えられたブレスレットとなっています。
また、ガンズクラフト社(SWAC)製という希少価値と共に、重厚で質の高いシルバーワークも高く評価でき、非常にコレクタブルな作品となっています。
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コンディションも大変良好です。
経年によるシルバーのクスミや細かなキズ、ハンドメイド特有の制作上のムラが見られますが、使用感を感じさせないとても良い状態となっています。