【NAVAJO】ナバホか【ZUNI】ズニかのアンティークジュエリー、ズニ族にとって戦いの精霊/神である『Knifewing/ナイフウイング』がモチーフとなった作品で、他に類を見ない作者の突出した技巧が凝縮されたシルバーワークが素晴らしいアンティーク/ビンテージピンブローチです。
ホールマーク(作者や工房のサイン)等が刻印されていない為に正確に作者や背景を特定することは出来ませんが『ナイフウイング』というズニ族の精霊をモチーフとしながら、ナバホジュエリーの大変高度なシルバーワークを駆使して形作られた造形、さらに使用されているスタンプツール(鏨・刻印)の質等からは、ズニの街に在りながらナバホのシルバースミスが多数所属したトレーディングポストであり、ヒストリックな名作を多く遺した【C. G. Wallace Trading Post】C.G.ウォレスインディアントレーディングポストに所属したシルバースミスによって作られた事が強く想起される作品となっています。
同トレーディングポストでは、ズニ族のジュエラーが多くの作品を供給していましたが、ナバホ族の優秀なシルバースミスも招聘されて同時(時には共作も)にジュエリーを制作していました。
本作の様なナイフウイングモチーフは、同工房の中でもズニの偉大な作家【Juan De Dios】ファン・デ・ディオス(1882~19??)と同じくズニの巨匠【Horace Iule (Aiuli)】ホレス・イウレ(1899~1901?-1978)の両名が代表的ですが、その両者と本作の造形技法は大きく異なっている為、こちらはナバホ出身のシルバースミスが制作した可能性が高いように思われます。
1930年代~1940年代頃に作られた作品と思われ、インゴットシルバー(銀塊)から成形された地金は、ピンブローチのとしては比較的薄厚く、とても硬く仕上げられています。
そのような地金をベースとして、手作業のカッティングワークによってエンブレムの様な独特なシェイプが切り出されています。
そこに、『Chasing/チェイシング』と呼ばれる鏨を使いシルバーに立体的な角度を付ける(彫刻の様なイメージ)技術と、細かなスタンプワークによって立体的な存在感と素朴な雰囲気を備えたナイフウイングが描き出されており、戦いの神とは思えない愛らしい表情も魅力的です。
この様なチェイシングは、ブレスレットに立体的な凹凸のボーダーラインを形作る際等に用いられる事が多い技術であり、本作の様に細かなチェイシングを駆使して具体的なモチーフを描き出した作品は、本作以外には発見されていないように思われ非常に例外的な特徴を持った作品となっています。
また、そのナイフウイングを囲む様に配されたスタンプワークも、一つ一つが非常に細かな文様を刻む高い質を誇るスタンプツール(鏨・刻印)が使用されており、アンティーク作品独特のクオリティーです。
それらのスタンプツールの一部には、非常に細かなライン模様を含んでおり、そのラインの方向に合わせて連続して刻むことで、シルバーの内側にライン模様を内包したような奥行きと立体感が生み出されています。
これらの『スタンプワーク』は、スタンプ/鏨ツールを打ち付けることによってシルバーに文様を刻みこんでいますが、そのツール(鏨)はシルバーよりも硬い鉄(鋼)で作られています。その為、その加工はジュエリー制作よりもはるかに高い難易度となります。
そして、ナバホジュエリーにおけるスタンプワークは、古くからその根幹を成す技術の一つであり、シルバースミスの「技術力」は、スタンプツール/鏨を制作する「技術力」次第であり、優れたシルバースミスは優れたスタンプメーカーと同義です。
さらに、スタンプツール(鏨・刻印)のクオリティは現代作品とビンテージ作品を見分ける上でも大きな特徴となります。
現代においては既製品のスタンプツールが普及し、ツールから自身の手によってハンドメイドするシルバースミス自体が少なくなってしまいましたが、1950年代以前の作品で見られる1920年代~1940年代に作られたスタンプツールの多くはシルバースミスによって制作され、本作と同様に非常に細かな文様を刻むことが出来る高い質を持つことが特徴となっています。
また、エッジに向けて柔らかなドーム状のアール/曲面が施されており、立体的なフォルムに仕上げられています。
目立った特徴ではありませんが、この曲面がフラットなシェイプに比べて圧倒的に美しく、奥行きと上質感のある造形を作り上げています。
この様なシルバーワークは、現在多くみられる凸と凹の金型ツールを用いた技術ではなく、木(丸太)やレッド(鉛の塊)に施された凹みに、地金となるシルバーをハンマーで叩き沿わせることによってドーム状の膨らみを作り上げており、非常に細かく何度もタガネで叩き沿わせる高度なハンマーワークで成形されています。
【Knifewing】ナイフウイングは、ズニ族においてナイフの翼を持った戦争の神として考えられ、【Rainbow Man】と共にジュエリーのモチーフとしてだけでなく、ズニを代表するモチーフとして広く知られています。
ナイフウイングをジュエリーに落とし込んだ初めての人物としては、Horace Iule (Aiuli)/ホレス・イウレと考えられており、同時期に同じくズニジュエリーの偉大な先駆者であるJuan De Dios/ファン・デ・ディオスの作品でも残されています。
【C. G. Wallace INDIAN TRADER/C. G. Wallace Trading Post】C.G.ウォレスインディアントレーダーは、【Charles Garrett Wallace】チャールズ・ガレット・ウォレスが、1928年にZUNI /ズ二のジュエリーを専門に扱うトレーダーとしてズニの町で創業し、非常に多くのズニジュエリー作家を支援しました。
創業後すぐに、ナバホのシルバー彫金技術を必要として【Ike Wilson】アイク・ウィルソン(1901-1942)とその兄である【Austin Wilson】オースティン・ウィルソン(1901-1976)、他にも【Billy Hoxie】ビリー・ホクシー、【Charles Begay】チャールズ・ビゲイ(1912-1998)等の一説には二十数人と言われるナバホ出身のシルバースミスが在籍していたと云われており、こちらの作者もその中の一人による作品だと思われます。
また、彼らの様にズニの町でシルバースミスをしていたナバホの職人は、技術的にはナバホの伝統的な彫金技術を重視していたようですが、植物のようなスタンプワークのデザインや表現等、そのデザインスタイルやディテールには、ナバホジュエリーにはあまり見られないズニ/プエブロの影響を受けていると考えられる作品が多く残されています。
そんな少し特殊な環境や優秀な職人による伝統の継承、さらに経営者であるCharles Garrett Wallaceの献身的なインディアンアーティストへのバックアップにより大変多くの傑作を生み出し、後世に残したトレーディングポストです。
それら残された作品群の一部であるCharles Garrett Wallaceの個人コレクションの約半数は、1975年にアリゾナ州フェニックスのバードミュージアムに寄贈されました。
また、残りの一部はSotheby Parke Bernet社のオークションに出品され、そのオークションカタログは現在でも多くの研究者やコレクターにとっての第一級の資料となっています。
また本作の様にC. G. Wallace Trading Postで制作された作品は、ツーリスト向けジュエリーを量産したメーカー/マニュファクチャーがデザインソースとして類似デザインのジュエリーを生産しましてたが、本作の様に特殊なシルバーワークの作品は模倣する事も困難となっています。
【Ingot Silver】インゴットシルバー(銀塊)からの成形は、アンティークインディアンジュエリーにおいて非常に重要なファクターですが、銀含有率/品位とは関係なく、ジュエリーの製法技術を表します。
現在制作されている作品の多くは、材料として市販されているシルバープレート(銀板/ゲージ)を加工することでジュエリーとして成形されていますが、インゴットから成形する製法では一度溶かしたシルバーを、鍛冶仕事に近い方法であるハンマーやローラーで叩き伸ばすことでジュエリーとして成形していきます。
最終的にはどちらもプレートやバーの形態になるため、大きな差は無いように思われますが、インゴットから成形されたシルバーの肌は、硬くなめらかで鈍い光を持っています。
それにより生み出されるプリミティブで武骨な作品の表情は、やはりアンティークインディアンジュエリーの大きな魅力です。
また、1930年代にはシルバープレートが登場しますが、当時シルバープレートを用いて制作されたジュエリーは政府によりインディアンクラフトとして認定されず、グランドキャニオンなどの国立公園内で販売できなくなった記録も残っています。
ナバホジュエリーとは異なった世界観を持ったズニ独特のジュエリー作品は、どこかキャッチーな印象とハンドメイドによるリラックス感があります。
中でも遊び心を感じる動物や精霊をメインとしたモチーフの『図案化』には、元々農耕民族として自然の存在を重んじるアニミズムの思想を持つ日本人にも共通した価値観や美意識を感じることができます。
また、ナイフウイングのどこか愛らしい印象は、キャッチーな雰囲気を持っていますが、その実験的で作者の特別なオリジナリティと創造性を反映したシルバーワークは、量産されたピースにはない良質感やハンドメイド独特の温もりを感じさせ、多くのスタイルに馴染みの良い印象です。
そして、アイコニックなモチーフは、男性向けのアクセサリーには重要な要素である『ギャップ』と『遊び心』を与えてくれるアイテムであり、さり気なくスタイルに奥行きをもたらすことが出来るビンテージピンです。
エンブレムの様な独特なシェイプと、しっかりとした存在感を示しながら大きすぎないサイズ感はアウターのアクセントととして、ラペルや襟等にもフィットしますし、ハットやバッグのワンポイント等にも使い勝手の良いピースです。
量産されたツーリストジュエリーにおいては散見される小さなナイフイングモチーフですが、ハンドメイドのオリジナル作品というだけでも貴重で、本作の様なシルバーワークによって形作られた作品は類似作品が存在しないと言える程の希少性を誇ります。
さらにその例外的な制作技法により非常に高い史料価値を持ち、トレジャーハントプライスなピースの一つとなっています。
◆着用サンプル画像はこちら◆
コンディションは、シルバーのクスミや細かなキズ、ハンドメイド特有の制作上のムラはありますが、ダメージ/リペア跡などはなく大変良好な状態を保っています。