イタリア人作家である【Frank Patania Sr.】フランク・パタニア・シニア(1899-1964)の息子である【Frank Patania Jr.】フランク・パタニア・ジュニア(1932-)による作品。オーバーレイ技法を用いて独特な文様を構成した非常に秀逸なデザインのアンティーク/ビンテージリングです。
オーバーレイによるシンプルな造形は無機質にも感じられますが、フレキシブルで恣意的なシルバーワークで生み出されたような表情を持ち、タイガーパターンやゼブラパターンを想起させるナチュラルで野性味を秘めたデザインに仕上げられています。
シルバースミスとして非常に長いキャリアを持つFrank Patania Jr.の作品であり、制作時期の特定は大変困難ですが、内側のホールマークやデザイン・造形等からは、1960年代後半~1980年代初頭頃に作られたものと推測されます。
フラットな幅のシャンクをベースとして、フルエタニティ(リングの全周に装飾が施された)デザインとなっており、内側には極僅かなロウ付けの跡が確認できますが、外側は連続したオーバーレイのデザインが完璧に接続されています。
シャンクの上下エッジに近い部分は一定の幅を持つワイヤーが配され、中央に網飾りの様な切り込みによって形作られたパーツがオーバーレイされ、その切り開く幅や角度が不規則でフレキシブルに構成される事で、アニマルパターンのように感じられる有機的なデザインが生み出されているようです。
またその野性味とシンプルで洗練されたシルバーワークが融合する事で相反する二面性を同時に備え、他に類を見ない魅力を湛えるリングとなっています。
【Frank Patania r.】フランク・パタニア・ジュニアは1932年生まれのアングロ(白人)であり、偉大なイタリア人ジュエラーである【Frank Patania Sr】フランク・パタニア・シニア(1899-1964)を父親に持っています。
大学進学前から彫金の基礎を学びはじめ、若くから美術や彫金の基礎を学びはじめました。1954年にアリゾナ大学を卒業後、2年間の軍隊への入隊を経て1956年には正式に父親の経営するThunderbird Shopのツーソン店で働くようになります。
イタリア人である父親は、祖国から徒弟制度の経験を携えてニューヨークに渡っており、当時のアメリカとは異なった職人気質な工程を経験させることで、その技術を息子や弟子に伝授していたようです。
それは、直接的な指導をせずに、それぞれに素材等の基礎知識を学ばせ、単純な反復練習を重視して技術を継承することであり、フランク・ジュニアは当時のその様な過程を「面倒であったが、非常に重要だった」と回想しています。
その後、1950年代末頃からはコンペや展示会に出展し、多くのショーを受賞。父親から受け継いだナバホジュエリーとも共通した技術や造形を継承しながらも、独自に建築的な構造や新しい技法を取り入れることでオリジナリティも獲得していきます。
1964年にフランク・シニアが癌で倒れると、パタニア・サンダーバードスタイルはフランク・ジュニアの創造する世界観となっていきます。
それは、短期間で高い評価を得ており、アメリカ国内でも有数のコンテンポラリージュエラーとして知られるようになりました。
またその才能は、ジュエリー以外にも宗教的な聖具を制作する仕事において発揮されました。聖ミカエル教会の王冠やノースミニスター長老教会に依頼された大きな十字架等、宗教美術品も精力的に制作していました。
現在は引退されており、父親から受け継いだ知識や技術、その理念は、ファミリーの3代目であり息子の【Samuel Frank Patania】サムエル・フランク・パタニア(1956-)に受け継がれています。
【Frank Patania Sr.】フランク・パタニア・シニアは、1899年シチリア生まれのイタリア人で、ネイティブアメリカンジュエリーの世界に新しい価値観を持ち込み、多くの傑作を生み出しました。そして、多くの優秀な後進を育てた人物としても有名です。
6歳からイタリアで金細工師に弟子入りし、その技術を身に付けていきました。10歳のころに母親、兄弟とともにニューヨークに渡り、多くの移民とともに産業革命の喧騒なかで成長していきました。
その後、19歳のころにニューヨークでも大手のジュエリーカンパニーでデザイナーとしての仕事に就き、そこでも多くの経験を積んだようです。
転機となったのは1924年、当時大流行していた結核に侵され、療養のために訪れたサンタフェで、インディアンのシルバーとターコイズを使った仕事を見たとき、『自分の表現方法を発見した』 そして、『二度とニューヨークに戻りたくなくなった』と語っています。
そして、わずか3年後の1927年にはサンタフェに【Thunderbird Shop】サンダーバードショップをオープンしました。
当時、シカゴ~アルバカーキ~南カリフォルニアへ続く鉄道整備に伴なって、アメリカ中西部各都市の観光産業の活況と共にフレッド・ハービー社の隆盛、インディアンアートの産業化もあり、その新しい魅力を持つ「サンダーバードショップ」のジュエリーや工芸品は大変な好評を博しました。
やはり、オープン初期からFrank Pataniaの作品はナバホ・プエブロ双方のインディアンジュエリーの影響を色濃く感じさせます。
また、多くのインディアンアーティストを育てたことでも有名です。【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ、【Julian Lovato】ジュリアン・ロバト、【Louis Lomay】ルイス・ロメイ、他にも【Mark Chee】マーク・チーなどもサンダーバードショップで石のカッターとして働いていたようです。
彼ら(特に上記3人)はFrank Pataniaの技術やその美意識を受け継ぎ、『パタニア サンダーバード』スタイルとも言われる作品を残しました。 それらは、独自性とインディアンジュエリーの伝統的で素朴な強さを持ちながら、新しい価値観や実験的な造形を生み出し、品位を感じさせる作品で、それぞれに強い個性を持っていますが、どこか共通する美意識を感じるのも特徴です。
【Overlay】オーバーレイと言う技法は、シルバーの板に描いたデザインを切り抜き、下地のシルバーの上に貼り付けることで立体的に絵柄を浮き出させる技法です。
本作の様にスタンプワークと組み合わされた作品も見られ、完成度を高められたオーバーレイ技法を用いた美しいホピのジュエリーは、現代に至るまでに多くの傑作を残しています。
1930年代にホピの大家【Paul Saufkie】ポール・スフキー(1904-1998)によって生み出された技術ですが、その黎明期にはホピ以外のナバホ・プエブロのシルバースミスにも新しい表現方法として色々な作品が作られていました。
1940年代~1950年代にかけて【Harry Sakyesva】ハリー・サキイェスヴァ(1922-1969?)や同い年の作家【Allen Pooyouma】アレン・プーユウマ(1922-2014)、そして【Victor Coochwytewa】ヴィクター・クーチュワイテワ(1922-2011)等により、ホピの代表的なスタイルの一つとして定着させられました。
オーバーレイ技術の定着以前にも、オーバーレイと近い造形を生み出すような大きく大胆で細かな刻みを持たないスタンプ(鏨)がホピの作家によって制作されていました。
しかし、スタンプ(刻印)というデザインやサイズが固定されてしまう技術から解放し、もっと自由な図案を具現化できる技術・技法として生み出されたのではないかと考えられます。
本作はホピジュエリーにおけるオーバーレイとは異なった雰囲気を帯び、無機質な金属に生命の胎動や蠢きを感じさせる造形となっており、独特の味わいと量産品にはない迫力が宿っています。
さらに、完成された造形美や丁寧な仕上げによる洗練度と共に、ネイティブアメリカンジュエリーの魅力も継承しており、ワイルドで骨太な印象も備える稀有なリングとなっています。
またそのクリーンで普遍的なデザインは、非常に多くのスタイルにさり気なくフィットさせる事が可能であり、季節やシーンを問わずスタイリングして頂けるかと思われます。
ネイティブアメリカンジュエリーが芸術として成長していく過程・歴史において、非常に重要な役割を果たしたFrank Patania Sr.の理念や技術を受け継ぐFrank Patania Jr.による作品であり、素朴でミニマルな造形の中に唯一無二のオリジナリティを秘めるリング。それはやはりFrank Patania Jr.という作者のクリエーションとその奥行きによって生み出されています。
ミュージアム収蔵品も多く現在では市場に出にくい作者となっており、コレクションとしても素晴らしいジュエリー作品です。
◆着用サンプル画像はこちら◆
コンディションは、全体に使用感を感じるキズや摩耗が見られます。
また、ハンドメイド作品特有の制作上のムラも確認できますが、目立ったダメージやリペア跡等は無く堅牢な造りの為、今後も長くご愛用頂けるコンディションを保っています。