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JBO019718

【Fred Peshlakai】Navajo Royston Turquoise Wide Cuff c.1940~

【Fred Peshlakai】Navajo Royston Turquoise Wide Cuff c.1940~
0HOLD 円(税込)
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【NAVAJO】ナバホの偉大な作家【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)の作品で、美しく大変大きなターコイズをメインとし、その石の存在感に劣らない重厚なシルバーワークで形作られたアンティーク/ビンテージバングルです。

バンドの内側には『F.PESHLAKAI』のホールマーク(作者のサイン)が斜めに刻印されており、ホールマークの打ち方にさえFred Peshlakaiの突出したセンスが垣間見えます。

またそのホールマークから、同作者の長いキャリアの中でも特に評価の高いキャリア初期~中期に制作された作品と推測されます。


1940年代~1950年代頃に作られた作品であり、スタンプワークやアップリケのディテールを見るだけで作者を特定可能な個性とスペシャリティを備えたブレスレットとなっています。

インゴットシルバー(銀塊)から成形された非常に重厚なバンド/地金は『スプリットバンド』と呼ばれる伝統的な造形で3ケ所が割り開かれており、センターに広くドームシェイプのフェイス部分が形作られています。
またその総重量は100gを超え、ずっしりとした重量と迫力のある立体造形が圧倒的な存在感を生み出しているようです。


そして、そのドーム状に造形された中央部分に大きくオーバルカットされたアーシーなグリーンターコイズがマウントされています。
そのベゼル(覆輪)の外側には、2本のワイヤーを撚り合わせたツイステッドワイヤーが施されており、石の高さを強調するように、その土台が台座の様な角度で形作られています。
さらにそのエッジ部分には、オーバーレイの様なカッティングによって陰影が与えれ『スキャロップドエッジ』(ホタテ貝)とも呼ばれる細かな動きのあるシェイプとなっています。

そのように複雑な立体造形による石の台座の造形は、ドーム状に形作らたバンドのフェイス部分にピッタリとフィットしており、高度な計算によって構築されている事を感じさせます。


石の両サイドには左右3か所にリポウズ/バンプアウト等と呼ばれるシルバーをハンマーワークによって叩き出す技術を駆使した丸いコンチョがアップリケされており、ターコイズの存在感との調和が生み出されています。

さらに、サイドからターミナル(両端)にはナバホジュエリーらしくもFred Peshlakai独特の意匠を持ったスタンプワークが刻まれ、全てのディテールが伝統的な技術とディテールによって作られながら、作者の独自性が際立った作品となっています。


スタンプワークに呼応した繊細で正確なカッティングワークや小さなパーツのアップリケにもFred Peshlakai特有のクオリティを宿し、本作に見られるディテールの一部はFred Peshlakaiが生み出したといっても過言ではなく、同作者の凄みと歴史的な史料価値が体感できるジュエリー作品となっています。



マウントされたターコイズは、柔らかなグリーンのグラデーションとワイルドなマトリックスが特徴的な【Royston Turquoise】ロイストンターコイズと思われます。

ワイルドで複雑な表情を持ちながら照りや艶も美しく、比較的硬度に欠けると云われるロイストンターコイズですが、こちらの石はとても高い硬度を感じさせます。
顕微鏡でのみ観察可能なミクロな世界や、高高度航空写真で地球を見るような複雑で深淵な景色が形成されており、石の選択にもスペシャリティを持つFred Peshlakaiらしい特別な質を誇る無添加ナチュラルターコイズとなっています。

斜め方向にクラックが確認できますが、石の大きな破損につながる事はないと思われます。



【Royston Turquoise】ロイストン鉱山は大変歴史のあるネバダ州の鉱山の一つで、とても特徴的な2トーンの色味を持つ石を産出し、その色味や質のバラエティーは非常に幅広く産出しています。
また、古くはティファニー社がその作品に使ったことでも知られています。



【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイは1896年、ニューメキシコ州との州境に近いアリゾナ州ルカチュカイで生まれ、その後ナバホラグでも有名なクリスタルで育ちました。
当時はまだ一夫多妻が珍しくなかったようで、父親であるシルバースミス【Besthlagai-ilth'ini Althts' osigi】(Ansosi Peshlakai)の4番目の妻の子供として生まれ、その兄弟は19人と言う大きな家族だったようです。

その中の7歳~8歳年下の弟が共に有名作家となった【Frank Peshlakai】フランク・ペシュラカイです。

そして、ナバホジュエリーの歴史においてその創始者の一人とされる【Slender Maker of Silver】(Peshlakai Atsidi)(1840?-1916)は、Fred Peshlakaiの父親の兄弟で、Fred Peshlakaiにとっては叔父であるとされています。

Slender Maker of Silverは、インディアンジュエリーの創始者であり、ルーツとされる【Atsidi Sani】を兄に持ち、1800年代中頃からAnsosi Peshlakaiと共にシルバースミスとしての技術を教授されたと言われています。

そんな恵まれた環境にあったFred PeshlakaiとFrank Peshlakaiは、幼少期からシルバースミスとしての技術を教え込まれ、とても若くして高い技術を身に付けていたと推測されます。


1920年代には父親がシルバースミスを辞めたことから、Fred Peshlakaiもナバホリザベーションを離れ、映画俳優等いくつかの仕事をしていたようですが、1927年には結婚、ガナードでシルバースミスとしての仕事を再開し、ギャラップで自身のショップを経営しました。
1931年からはフォートウィンゲートでシルバーワークを教える講師として働く等、精力的に活動するようになります。

そして、1934年にシカゴで開催された『Chicago World's Fair』では、ナバホのシルバースミスを代表し、トラディッショナルなシルバーワークのデモンストレーションを行ったとされています。

1935年~37年にかけてはフェニックスにあったインディアンクラフトショップ【Vaugn's Indian Store】のためにジュエリーを制作しました。
同時期のVaugn's Indian Storeには、ホピ族の初期に活躍した巨匠【Ralph Tawangyaouma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や、同じくホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等が在籍していました。
1937年頃には、Vaugn's Indian Storeがカリフォルニア州ハリウッドに移転したことに伴い、Fred Peshlakaiもロサンゼルスに移り住んでハリウッドの店で制作するようになります。

そして、1940年にはロサンゼルスのユニオンステーションから近いOlvera Streetでインディアンクラフトショップを開店します。
Olvera Streetはリトル東京からも非常に近い場所で、ロサンゼルスダウンタウンに隣接した位置にありますが、ユニオンステーションを利用する観光客向けに現在でも小さな路面店が並ぶショッピングディストリクトになっています。

そこでジュエリーの制作をつづけ、多くのショーでアワードを受賞するなど、さらにそのキャリアを積み上げていきました。

1972年に体調を崩し、その翌年に娘と共にナバホリザベーションに戻るまで30年以上にわたりOlvera Streetで制作を継続。そして1974年12月22日、ギャラップの病院で亡くなりました。


彼が非常に優秀なシルバースミスであったことは言うまでもありませんが、ナバホの古典技術を第一人者である叔父と父親から学び、それらを守るだけでなく、新しい技術とスタイル、そして次世代の伝統そのものを作り上げたパイオニアであり、アーティストとしての才能も突出した作家です。

やはりベースにはナバホのクラシックなスタイルがありますが、それらの技術を使いながらも全く新しい造形や実験的な作品を多く残し、それらは後進の作家や工房に大きな影響を与え、今日ではトラディッショナルな造形と呼ばれている物が多く存在します。
【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイの師でもあり、現代作家の多くが尊敬するアーティストです。

また、ターコイズの選定眼も素晴らしく、1950年代以前の作品ではほとんど見つけることが出来ない貴重なハイグレードターコイズが使用された作品も多く残されています。



【Ingot Silver】インゴットシルバー(銀塊)からの成形は、アンティークインディアンジュエリーにおいて非常に重要なファクターですが、銀含有率/品位とは関係なく、ジュエリーの製法技術を表します。

現在制作されている作品の多くは、材料として市販されているシルバープレート(銀板/ゲージ)を加工することでジュエリーとして成形されていますが、インゴットから成形する製法では一度溶かしたシルバーを、鍛冶仕事に近い方法であるハンマーやローラーで叩き伸ばすことでジュエリーとして成形していきます。
最終的にはどちらもプレートやバーの形態になるため、大きな差は無いように思われますが、インゴットから成形されたシルバーの肌は、硬くなめらかで鈍い光を持っています。
それにより生み出されるプリミティブで武骨な作品の表情は、やはりアンティークインディアンジュエリーの大きな魅力です。

また、1930年代にはシルバープレートが登場しますが、当時シルバープレートを用いて制作されたジュエリーは政府によりインディアンクラフトとして認定されず、グランドキャニオンなどの国立公園内で販売できなくなった記録も残っています。



こちらの作品もシルバーの塊から原始的な技術を駆使することで作り上げられたアンティークバングルですが、Fred Peshlakaiという伝説的なシルバースミスのクリエイティビティによりジュエリーとしての品位を有し、エレガントで洗練された印象も与えられた作品となっています。

またそれは、ナバホジュエリーの伝統的な美意識を守りながらも新しいクリエーションを模索し続けたFred Peshlakaiの精神を宿しているように感じられます。


インディアンジュエリーの力強さやエスニシティーな魅力と、大変大きくアーシーで神秘的な美しさを誇るターコイズが織り成す突出した存在感、そしてブレスレットとして迫力のあるボリューム感により、あらゆる装いにおいて際立ったアクセントとなり得るジュエリーです。

練り上げられたシルバーワークと、Fred Peshlakai作品の中でも特別なボリューム感と迫力を有し、ウェアラブルアートとして芸術作品としても非常に高く評価できるピースとなっています。

Fred Peshlakai作品の独特な緊張感、そして崇高な価値観と美学が体感できる素晴らしい作品。さらにその妖艶なターコイズは、着用者に自然や大地を身に着けるような不思議な感覚と高揚感をもたらす力を感じさせるブレスレットです。

◆男性着用サンプル画像はこちら◆

◆女性着用サンプル画像はこちら◆



コンディションも良好です。
シルバーのクスミや細かなキズ、制作上のムラ等がみられますが全体に良好な状態を保っています。

ターコイズはマトリックス部分の凹凸等、天然石に由来する『マトリックスロス』が見られ、斜め方向に大きくクラックが確認できます。
しかしながら、石のガタツキ等は無くこのままでも着用に支障のない強度を保っていると思われます。



こちらの価格につきましてはお問い合わせください。
お手数ですが、お問い合わせ作品名・アイテムコード・お名前・住所・電話番号・メールアドレスを必ずご記載下さいますようお願いいたします。  →お問合せはこちら
【NAVAJO】ナバホの偉大な作家【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)の作品で、美しく大変大きなターコイズをメインとし、その石の存在感に劣らない重厚なシルバーワークで形作られたアンティーク/ビンテージバングルです。

バンドの内側には『F.PESHLAKAI』のホールマーク(作者のサイン)が斜めに刻印されており、ホールマークの打ち方にさえFred Peshlakaiの突出したセンスが垣間見えます。

またそのホールマークから、同作者の長いキャリアの中でも特に評価の高いキャリア初期~中期に制作された作品と推測されます。


1940年代~1950年代頃に作られた作品であり、スタンプワークやアップリケのディテールを見るだけで作者を特定可能な個性とスペシャリティを備えたブレスレットとなっています。

インゴットシルバー(銀塊)から成形された非常に重厚なバンド/地金は『スプリットバンド』と呼ばれる伝統的な造形で3ケ所が割り開かれており、センターに広くドームシェイプのフェイス部分が形作られています。
またその総重量は100gを超え、ずっしりとした重量と迫力のある立体造形が圧倒的な存在感を生み出しているようです。


そして、そのドーム状に造形された中央部分に大きくオーバルカットされたアーシーなグリーンターコイズがマウントされています。
そのベゼル(覆輪)の外側には、2本のワイヤーを撚り合わせたツイステッドワイヤーが施されており、石の高さを強調するように、その土台が台座の様な角度で形作られています。
さらにそのエッジ部分には、オーバーレイの様なカッティングによって陰影が与えれ『スキャロップドエッジ』(ホタテ貝)とも呼ばれる細かな動きのあるシェイプとなっています。

そのように複雑な立体造形による石の台座の造形は、ドーム状に形作らたバンドのフェイス部分にピッタリとフィットしており、高度な計算によって構築されている事を感じさせます。


石の両サイドには左右3か所にリポウズ/バンプアウト等と呼ばれるシルバーをハンマーワークによって叩き出す技術を駆使した丸いコンチョがアップリケされており、ターコイズの存在感との調和が生み出されています。

さらに、サイドからターミナル(両端)にはナバホジュエリーらしくもFred Peshlakai独特の意匠を持ったスタンプワークが刻まれ、全てのディテールが伝統的な技術とディテールによって作られながら、作者の独自性が際立った作品となっています。


スタンプワークに呼応した繊細で正確なカッティングワークや小さなパーツのアップリケにもFred Peshlakai特有のクオリティを宿し、本作に見られるディテールの一部はFred Peshlakaiが生み出したといっても過言ではなく、同作者の凄みと歴史的な史料価値が体感できるジュエリー作品となっています。



マウントされたターコイズは、柔らかなグリーンのグラデーションとワイルドなマトリックスが特徴的な【Royston Turquoise】ロイストンターコイズと思われます。

ワイルドで複雑な表情を持ちながら照りや艶も美しく、比較的硬度に欠けると云われるロイストンターコイズですが、こちらの石はとても高い硬度を感じさせます。
顕微鏡でのみ観察可能なミクロな世界や、高高度航空写真で地球を見るような複雑で深淵な景色が形成されており、石の選択にもスペシャリティを持つFred Peshlakaiらしい特別な質を誇る無添加ナチュラルターコイズとなっています。

斜め方向にクラックが確認できますが、石の大きな破損につながる事はないと思われます。



【Royston Turquoise】ロイストン鉱山は大変歴史のあるネバダ州の鉱山の一つで、とても特徴的な2トーンの色味を持つ石を産出し、その色味や質のバラエティーは非常に幅広く産出しています。
また、古くはティファニー社がその作品に使ったことでも知られています。



【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイは1896年、ニューメキシコ州との州境に近いアリゾナ州ルカチュカイで生まれ、その後ナバホラグでも有名なクリスタルで育ちました。
当時はまだ一夫多妻が珍しくなかったようで、父親であるシルバースミス【Besthlagai-ilth'ini Althts' osigi】(Ansosi Peshlakai)の4番目の妻の子供として生まれ、その兄弟は19人と言う大きな家族だったようです。

その中の7歳~8歳年下の弟が共に有名作家となった【Frank Peshlakai】フランク・ペシュラカイです。

そして、ナバホジュエリーの歴史においてその創始者の一人とされる【Slender Maker of Silver】(Peshlakai Atsidi)(1840?-1916)は、Fred Peshlakaiの父親の兄弟で、Fred Peshlakaiにとっては叔父であるとされています。

Slender Maker of Silverは、インディアンジュエリーの創始者であり、ルーツとされる【Atsidi Sani】を兄に持ち、1800年代中頃からAnsosi Peshlakaiと共にシルバースミスとしての技術を教授されたと言われています。

そんな恵まれた環境にあったFred PeshlakaiとFrank Peshlakaiは、幼少期からシルバースミスとしての技術を教え込まれ、とても若くして高い技術を身に付けていたと推測されます。


1920年代には父親がシルバースミスを辞めたことから、Fred Peshlakaiもナバホリザベーションを離れ、映画俳優等いくつかの仕事をしていたようですが、1927年には結婚、ガナードでシルバースミスとしての仕事を再開し、ギャラップで自身のショップを経営しました。
1931年からはフォートウィンゲートでシルバーワークを教える講師として働く等、精力的に活動するようになります。

そして、1934年にシカゴで開催された『Chicago World's Fair』では、ナバホのシルバースミスを代表し、トラディッショナルなシルバーワークのデモンストレーションを行ったとされています。

1935年~37年にかけてはフェニックスにあったインディアンクラフトショップ【Vaugn's Indian Store】のためにジュエリーを制作しました。
同時期のVaugn's Indian Storeには、ホピ族の初期に活躍した巨匠【Ralph Tawangyaouma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や、同じくホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等が在籍していました。
1937年頃には、Vaugn's Indian Storeがカリフォルニア州ハリウッドに移転したことに伴い、Fred Peshlakaiもロサンゼルスに移り住んでハリウッドの店で制作するようになります。

そして、1940年にはロサンゼルスのユニオンステーションから近いOlvera Streetでインディアンクラフトショップを開店します。
Olvera Streetはリトル東京からも非常に近い場所で、ロサンゼルスダウンタウンに隣接した位置にありますが、ユニオンステーションを利用する観光客向けに現在でも小さな路面店が並ぶショッピングディストリクトになっています。

そこでジュエリーの制作をつづけ、多くのショーでアワードを受賞するなど、さらにそのキャリアを積み上げていきました。

1972年に体調を崩し、その翌年に娘と共にナバホリザベーションに戻るまで30年以上にわたりOlvera Streetで制作を継続。そして1974年12月22日、ギャラップの病院で亡くなりました。


彼が非常に優秀なシルバースミスであったことは言うまでもありませんが、ナバホの古典技術を第一人者である叔父と父親から学び、それらを守るだけでなく、新しい技術とスタイル、そして次世代の伝統そのものを作り上げたパイオニアであり、アーティストとしての才能も突出した作家です。

やはりベースにはナバホのクラシックなスタイルがありますが、それらの技術を使いながらも全く新しい造形や実験的な作品を多く残し、それらは後進の作家や工房に大きな影響を与え、今日ではトラディッショナルな造形と呼ばれている物が多く存在します。
【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイの師でもあり、現代作家の多くが尊敬するアーティストです。

また、ターコイズの選定眼も素晴らしく、1950年代以前の作品ではほとんど見つけることが出来ない貴重なハイグレードターコイズが使用された作品も多く残されています。



【Ingot Silver】インゴットシルバー(銀塊)からの成形は、アンティークインディアンジュエリーにおいて非常に重要なファクターですが、銀含有率/品位とは関係なく、ジュエリーの製法技術を表します。

現在制作されている作品の多くは、材料として市販されているシルバープレート(銀板/ゲージ)を加工することでジュエリーとして成形されていますが、インゴットから成形する製法では一度溶かしたシルバーを、鍛冶仕事に近い方法であるハンマーやローラーで叩き伸ばすことでジュエリーとして成形していきます。
最終的にはどちらもプレートやバーの形態になるため、大きな差は無いように思われますが、インゴットから成形されたシルバーの肌は、硬くなめらかで鈍い光を持っています。
それにより生み出されるプリミティブで武骨な作品の表情は、やはりアンティークインディアンジュエリーの大きな魅力です。

また、1930年代にはシルバープレートが登場しますが、当時シルバープレートを用いて制作されたジュエリーは政府によりインディアンクラフトとして認定されず、グランドキャニオンなどの国立公園内で販売できなくなった記録も残っています。



こちらの作品もシルバーの塊から原始的な技術を駆使することで作り上げられたアンティークバングルですが、Fred Peshlakaiという伝説的なシルバースミスのクリエイティビティによりジュエリーとしての品位を有し、エレガントで洗練された印象も与えられた作品となっています。

またそれは、ナバホジュエリーの伝統的な美意識を守りながらも新しいクリエーションを模索し続けたFred Peshlakaiの精神を宿しているように感じられます。


インディアンジュエリーの力強さやエスニシティーな魅力と、大変大きくアーシーで神秘的な美しさを誇るターコイズが織り成す突出した存在感、そしてブレスレットとして迫力のあるボリューム感により、あらゆる装いにおいて際立ったアクセントとなり得るジュエリーです。

練り上げられたシルバーワークと、Fred Peshlakai作品の中でも特別なボリューム感と迫力を有し、ウェアラブルアートとして芸術作品としても非常に高く評価できるピースとなっています。

Fred Peshlakai作品の独特な緊張感、そして崇高な価値観と美学が体感できる素晴らしい作品。さらにその妖艶なターコイズは、着用者に自然や大地を身に着けるような不思議な感覚と高揚感をもたらす力を感じさせるブレスレットです。

◆男性着用サンプル画像はこちら◆

◆女性着用サンプル画像はこちら◆



コンディションも良好です。
シルバーのクスミや細かなキズ、制作上のムラ等がみられますが全体に良好な状態を保っています。

ターコイズはマトリックス部分の凹凸等、天然石に由来する『マトリックスロス』が見られ、斜め方向に大きくクラックが確認できます。
しかしながら、石のガタツキ等は無くこのままでも着用に支障のない強度を保っていると思われます。



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Size

メンズサイズ M - L 程度
レディースサイズ XL - XXL 程度

※本作は造形上、横幅のあるオーバルシェイプの手首にフィットさせることが出来ません。
また、幅が広いのでハーフサイズ~1サイズUPが推奨されますが、開口部も小さいのでご注意下さい。

内径最大幅 約58.1㎜    正面幅(高さ) 約59.9㎜
内周 約150㎜    開口部 約21㎜
Inside Measurement 5 7/8inch   opening 7/8inch 

ターコイズ 縦 約51.5㎜  横 約31.7㎜

※バングルはサイズ調整可能ですが、本作は造形上の制約と厚いシルバーのため、それほど調整幅は大きくありません。
また元々の形状が平均的な手首のシェイプよりも丸く作られている為、ジャストなフィット感に調整する事が出来ないブレスレットです。

23㎜以下の開口部で脱着が可能で、M~XLサイズ以下の男性、Lサイズ以上の女性であれば多くの方にフィットすると思われます。
ただし、サイズ調整の際は無理な力を加えますと破損の原因となることがありますのでご注意ください。

サイズ(手首寸法)をお伝えいただければ、当店で出来る限りの調整をさせて頂きます。お気軽にご相談くださいませ。

Material

Ingot Silver, Royston Turquoise    約106.9g