ITEM CODE:
JBO0010290

【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~

【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
0 円(税込)
0 円(税込)
【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
  • 【Fred Peshlakai】Stamped & Double Reposed Wide Cuff c.1950~
着用サンプル画像
https://www.instagram.com/p/DUftbkYgdL8/
【NAVAJO】ナバホの偉大な作家【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)の作品で、リポウズ/バンプアウトによる立体的な2本のドーム状ラインがメインに構成され、秀逸なスタンプワークも素晴らしいアンティーク/ビンテージバングルです。

同作者の作品の中でも発見されている数が少なく、アメリカ国内のコレクターの間でも需要の高いシルバーのみで構成されたブレスレットとなっています。


1940年代末頃~1960年代に作られた作品と思われ、内側には『FP』の文字とアローの刻印によるホールマーク(作者のサイン)が入ります。

Fred Peshlakaiの長いキャリアの中でも中期~後期頃に制作された作品であり、スタンプワークを見るだけで作者を特定可能な個性と共に、同作者の多く遺した作品群とは異なる特徴を持ち、例外的でスペシャリティを備えた貴重な個体かと思われます。


おそらくインゴットシルバー(銀塊)から成形されたバンド/地金は<55g>超の心地よい重量感を持ち、木(丸太)に彫り込んだ溝に沿わせて非常に細かく何度もタガネで叩き沿わせるハンマーワークによって2列のドーム状の膨らみを作り上げています。
厚く硬いシルバーを成形するため、非常に長い時間をかけて成形されています。

バンド中央とリポウズの上下部分には『チェイシング/Chasing』と呼ばれる鏨を使いシルバーに立体的な角度を付ける(彫刻の様なイメージ)技術を駆使する事でドーム状に成型した立体的な造形との間にエッジーな境界が作られています。

さらにその凹凸のボーダーライン中央部分には、スタンプワークの空白によって生み出したダイヤ型のデザインが構成されており、それらも内側から打ち出すハンマーワークによって細かくもしっかりと立体感を持った造形が形作られています。


リポウズによって2列の立体的な凹凸を作る造形は『ダブルリポウズ』とも呼ばれる伝統的な造形スタイルの一つとなっていますが、さらに小さなリポウズを組み合わせて複雑な表情と立体的な迫をの作り上げており、伝統的なナバホジュリーのシルバーワークや造形技術を踏襲しながらも同作者ならではの突出したデザインと造形センスが感じられます。


そして、バンド全体にスタンプワークが刻まれる事でナバホジュエリーらしい印象が与えられており、それらの文様を刻むスタンプツール(鏨・刻印)もやはりFred Peshlakaiの技巧やセンスが垣間見えるディテールとなっています。

特に、中央に連続して刻まれている大きく円弧を描くスタンプには、放射状の線と共に細かなジグザグが含まれていますが、この立体的な文様は上下のリポウズ部分に刻まれたスタンプツール(鏨・刻印)を駆使して生み出されたスタンプです。

放射状の線を刻み込んだ円弧(ベイナー)スタンプに熱を加え、そこに細いジグザグのスタンプを打ち込む事で、凹凸が逆転した立体的なジグザグを含む複雑で質の高い文様を刻むスタンプツール(鏨・刻印)に仕上げられています。
その様なスタンプツールの制作にはシルバーワーク以上に高い技術力が求められます。

また、それら作者自身がオリジナルで制作したスタンプを一つの作品の中に落とし込む事により、複雑な文様を刻むスタンプワークが共鳴して統一感と調和のとれたデザインとなっているようです。



【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイは1896年、ニューメキシコ州との州境に近いアリゾナ州ルカチュカイで生まれ、その後ナバホラグでも有名なクリスタルで育ちました。
当時はまだ一夫多妻が珍しくなかったようで、父親であるシルバースミス【Besthlagai-ilth'ini Althts' osigi】(Ansosi Peshlakai)の4番目の妻の子供として生まれ、その兄弟は19人と言う大きな家族だったようです。

その中の7歳~8歳年下の弟が共に有名作家となった【Frank Peshlakai】フランク・ペシュラカイです。

そして、ナバホジュエリーの歴史においてその創始者の一人とされる【Slender Maker of Silver】(Peshlakai Atsidi)(1840?-1916)は、Fred Peshlakaiの父親の兄弟で、Fred Peshlakaiにとっては叔父であるとされています。

Slender Maker of Silverは、インディアンジュエリーの創始者であり、ルーツとされる【Atsidi Sani】を兄に持ち、1800年代中頃からAnsosi Peshlakaiと共にシルバースミスとしての技術を教授されたと言われています。

そんな恵まれた環境にあったFred PeshlakaiとFrank Peshlakaiは、幼少期からシルバースミスとしての技術を教え込まれ、とても若くして高い技術を身に付けていたと推測されます。


1920年代には父親がシルバースミスを辞めたことから、Fred Peshlakaiもナバホリザベーションを離れ、映画俳優等いくつかの仕事をしていたようですが、1927年には結婚、ガナードでシルバースミスとしての仕事を再開し、ギャラップで自身のショップを経営しました。
1931年からはフォートウィンゲートでシルバーワークを教える講師として働く等、精力的に活動するようになります。

そして、1934年にシカゴで開催された『Chicago World's Fair』では、ナバホのシルバースミスを代表し、トラディッショナルなシルバーワークのデモンストレーションを行ったとされています。

1935年~37年にかけてはフェニックスにあったインディアンクラフトショップ【Vaugn's Indian Store】のためにジュエリーを制作しました。
同時期のVaugn's Indian Storeには、ホピ族の初期に活躍した巨匠【Ralph Tawangyaouma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や、同じくホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等が在籍していました。
1937年頃には、Vaugn's Indian Storeがカリフォルニア州ハリウッドに移転したことに伴い、Fred Peshlakaiもロサンゼルスに移り住んでハリウッドの店で制作するようになります。

そして、1940年にはロサンゼルスのユニオンステーションから近いOlvera Streetでインディアンクラフトショップを開店します。
Olvera Streetはリトル東京からも非常に近い場所で、ロサンゼルスダウンタウンに隣接した位置にありますが、ユニオンステーションを利用する観光客向けに現在でも小さな路面店が並ぶショッピングディストリクトになっています。

そこでジュエリーの制作をつづけ、多くのショーでアワードを受賞するなど、さらにそのキャリアを積み上げていきました。

1972年に体調を崩し、その翌年に娘と共にナバホリザベーションに戻るまで30年以上にわたりOlvera Streetで制作を継続。そして1974年12月22日、ギャラップの病院で亡くなりました。


彼が非常に優秀なシルバースミスであったことは言うまでもありませんが、ナバホの古典技術を第一人者である叔父と父親から学び、それらを守るだけでなく、新しい技術とスタイル、そして次世代の伝統そのものを作り上げたパイオニアであり、アーティストとしての才能も突出した作家です。

やはりベースにはナバホのクラシックなスタイルがありますが、それらの技術を使いながらも全く新しい造形や実験的な作品を多く残し、それらは後進の作家や工房に大きな影響を与え、今日ではトラディッショナルな造形と呼ばれている物が多く存在します。
【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイの師でもあり、現代作家の多くが尊敬するアーティストです。

また、ターコイズの選定眼も素晴らしく、1950年代以前の作品ではほとんど見つけることが出来ない貴重なハイグレードターコイズが使用された作品も多く残されています。



本作はFred Peshlakaiの多く遺した作品とは少し異なる印象を持ち、どちらかといえば同時代に共にインディアンスクールで教鞭を執り【NAVAJO GUILD】ナバホギルドの代表を務めた巨匠【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホース(1904-1982)やその兄弟の作品を想起させる造形・デザインとなっています。

しかし細部にはFred Peshlakaiという伝説的なシルバースミスのクリエイティビティによりジュエリーとしての品位を有し、エレガントで洗練された印象も与えられた作品となっています。

またそれは、ナバホジュエリーの伝統的な美意識を守りながらも新しいクリエーションを模索し続けたFred Peshlakaiの精神を宿しているように感じられます。


インディアンジュエリーの力強さと共にモダンでクリーンな印象を誇り、ブレスレットとして迫力のあるボリューム感によりあらゆる装いにおいて際立ったアクセントとなり得るジュエリーです。

また、ワイドな幅のバングルですがシルバーのみで構成されたソリッドな質感は派手な存在感を与えず、柔らかな立体感と複雑な質感によって、多くのスタイリングに馴染みやすい印象を与えます。
日常的なコーディネートから特別な装いにまでシーンを問わず寄り添ってくれるバングルです。


細部に至るまで練り上げられた上質なシルバーワークと、Fred Peshlakai作品としては特異なスペシャリティを有し、ウェアラブルアートとして芸術作品としても非常に高く評価できるブレスレット。歴史的な背景から、高い資料価値を持ちミュージアムに収蔵されるべきアンティークジュエリーの一つとなっています。

◆着用サンプル画像はこちら◆



コンディションも大変良好です。
シルバーのクスミや細かなキズ、ハンドメイド特有の制作上のムラは見られますが、殆ど使用感を感じさせない大変良好な状態を保っています。



こちらの価格につきましてはお問い合わせください。
お手数ですが、お問い合わせ作品名・アイテムコード・お名前・住所・電話番号・メールアドレスを必ずご記載下さいますようお願いいたします。  →お問合せはこちら
【NAVAJO】ナバホの偉大な作家【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)の作品で、リポウズ/バンプアウトによる立体的な2本のドーム状ラインがメインに構成され、秀逸なスタンプワークも素晴らしいアンティーク/ビンテージバングルです。

同作者の作品の中でも発見されている数が少なく、アメリカ国内のコレクターの間でも需要の高いシルバーのみで構成されたブレスレットとなっています。


1940年代末頃~1960年代に作られた作品と思われ、内側には『FP』の文字とアローの刻印によるホールマーク(作者のサイン)が入ります。

Fred Peshlakaiの長いキャリアの中でも中期~後期頃に制作された作品であり、スタンプワークを見るだけで作者を特定可能な個性と共に、同作者の多く遺した作品群とは異なる特徴を持ち、例外的でスペシャリティを備えた貴重な個体かと思われます。


おそらくインゴットシルバー(銀塊)から成形されたバンド/地金は<55g>超の心地よい重量感を持ち、木(丸太)に彫り込んだ溝に沿わせて非常に細かく何度もタガネで叩き沿わせるハンマーワークによって2列のドーム状の膨らみを作り上げています。
厚く硬いシルバーを成形するため、非常に長い時間をかけて成形されています。

バンド中央とリポウズの上下部分には『チェイシング/Chasing』と呼ばれる鏨を使いシルバーに立体的な角度を付ける(彫刻の様なイメージ)技術を駆使する事でドーム状に成型した立体的な造形との間にエッジーな境界が作られています。

さらにその凹凸のボーダーライン中央部分には、スタンプワークの空白によって生み出したダイヤ型のデザインが構成されており、それらも内側から打ち出すハンマーワークによって細かくもしっかりと立体感を持った造形が形作られています。


リポウズによって2列の立体的な凹凸を作る造形は『ダブルリポウズ』とも呼ばれる伝統的な造形スタイルの一つとなっていますが、さらに小さなリポウズを組み合わせて複雑な表情と立体的な迫をの作り上げており、伝統的なナバホジュリーのシルバーワークや造形技術を踏襲しながらも同作者ならではの突出したデザインと造形センスが感じられます。


そして、バンド全体にスタンプワークが刻まれる事でナバホジュエリーらしい印象が与えられており、それらの文様を刻むスタンプツール(鏨・刻印)もやはりFred Peshlakaiの技巧やセンスが垣間見えるディテールとなっています。

特に、中央に連続して刻まれている大きく円弧を描くスタンプには、放射状の線と共に細かなジグザグが含まれていますが、この立体的な文様は上下のリポウズ部分に刻まれたスタンプツール(鏨・刻印)を駆使して生み出されたスタンプです。

放射状の線を刻み込んだ円弧(ベイナー)スタンプに熱を加え、そこに細いジグザグのスタンプを打ち込む事で、凹凸が逆転した立体的なジグザグを含む複雑で質の高い文様を刻むスタンプツール(鏨・刻印)に仕上げられています。
その様なスタンプツールの制作にはシルバーワーク以上に高い技術力が求められます。

また、それら作者自身がオリジナルで制作したスタンプを一つの作品の中に落とし込む事により、複雑な文様を刻むスタンプワークが共鳴して統一感と調和のとれたデザインとなっているようです。



【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイは1896年、ニューメキシコ州との州境に近いアリゾナ州ルカチュカイで生まれ、その後ナバホラグでも有名なクリスタルで育ちました。
当時はまだ一夫多妻が珍しくなかったようで、父親であるシルバースミス【Besthlagai-ilth'ini Althts' osigi】(Ansosi Peshlakai)の4番目の妻の子供として生まれ、その兄弟は19人と言う大きな家族だったようです。

その中の7歳~8歳年下の弟が共に有名作家となった【Frank Peshlakai】フランク・ペシュラカイです。

そして、ナバホジュエリーの歴史においてその創始者の一人とされる【Slender Maker of Silver】(Peshlakai Atsidi)(1840?-1916)は、Fred Peshlakaiの父親の兄弟で、Fred Peshlakaiにとっては叔父であるとされています。

Slender Maker of Silverは、インディアンジュエリーの創始者であり、ルーツとされる【Atsidi Sani】を兄に持ち、1800年代中頃からAnsosi Peshlakaiと共にシルバースミスとしての技術を教授されたと言われています。

そんな恵まれた環境にあったFred PeshlakaiとFrank Peshlakaiは、幼少期からシルバースミスとしての技術を教え込まれ、とても若くして高い技術を身に付けていたと推測されます。


1920年代には父親がシルバースミスを辞めたことから、Fred Peshlakaiもナバホリザベーションを離れ、映画俳優等いくつかの仕事をしていたようですが、1927年には結婚、ガナードでシルバースミスとしての仕事を再開し、ギャラップで自身のショップを経営しました。
1931年からはフォートウィンゲートでシルバーワークを教える講師として働く等、精力的に活動するようになります。

そして、1934年にシカゴで開催された『Chicago World's Fair』では、ナバホのシルバースミスを代表し、トラディッショナルなシルバーワークのデモンストレーションを行ったとされています。

1935年~37年にかけてはフェニックスにあったインディアンクラフトショップ【Vaugn's Indian Store】のためにジュエリーを制作しました。
同時期のVaugn's Indian Storeには、ホピ族の初期に活躍した巨匠【Ralph Tawangyaouma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や、同じくホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等が在籍していました。
1937年頃には、Vaugn's Indian Storeがカリフォルニア州ハリウッドに移転したことに伴い、Fred Peshlakaiもロサンゼルスに移り住んでハリウッドの店で制作するようになります。

そして、1940年にはロサンゼルスのユニオンステーションから近いOlvera Streetでインディアンクラフトショップを開店します。
Olvera Streetはリトル東京からも非常に近い場所で、ロサンゼルスダウンタウンに隣接した位置にありますが、ユニオンステーションを利用する観光客向けに現在でも小さな路面店が並ぶショッピングディストリクトになっています。

そこでジュエリーの制作をつづけ、多くのショーでアワードを受賞するなど、さらにそのキャリアを積み上げていきました。

1972年に体調を崩し、その翌年に娘と共にナバホリザベーションに戻るまで30年以上にわたりOlvera Streetで制作を継続。そして1974年12月22日、ギャラップの病院で亡くなりました。


彼が非常に優秀なシルバースミスであったことは言うまでもありませんが、ナバホの古典技術を第一人者である叔父と父親から学び、それらを守るだけでなく、新しい技術とスタイル、そして次世代の伝統そのものを作り上げたパイオニアであり、アーティストとしての才能も突出した作家です。

やはりベースにはナバホのクラシックなスタイルがありますが、それらの技術を使いながらも全く新しい造形や実験的な作品を多く残し、それらは後進の作家や工房に大きな影響を与え、今日ではトラディッショナルな造形と呼ばれている物が多く存在します。
【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイの師でもあり、現代作家の多くが尊敬するアーティストです。

また、ターコイズの選定眼も素晴らしく、1950年代以前の作品ではほとんど見つけることが出来ない貴重なハイグレードターコイズが使用された作品も多く残されています。



本作はFred Peshlakaiの多く遺した作品とは少し異なる印象を持ち、どちらかといえば同時代に共にインディアンスクールで教鞭を執り【NAVAJO GUILD】ナバホギルドの代表を務めた巨匠【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホース(1904-1982)やその兄弟の作品を想起させる造形・デザインとなっています。

しかし細部にはFred Peshlakaiという伝説的なシルバースミスのクリエイティビティによりジュエリーとしての品位を有し、エレガントで洗練された印象も与えられた作品となっています。

またそれは、ナバホジュエリーの伝統的な美意識を守りながらも新しいクリエーションを模索し続けたFred Peshlakaiの精神を宿しているように感じられます。


インディアンジュエリーの力強さと共にモダンでクリーンな印象を誇り、ブレスレットとして迫力のあるボリューム感によりあらゆる装いにおいて際立ったアクセントとなり得るジュエリーです。

また、ワイドな幅のバングルですがシルバーのみで構成されたソリッドな質感は派手な存在感を与えず、柔らかな立体感と複雑な質感によって、多くのスタイリングに馴染みやすい印象を与えます。
日常的なコーディネートから特別な装いにまでシーンを問わず寄り添ってくれるバングルです。


細部に至るまで練り上げられた上質なシルバーワークと、Fred Peshlakai作品としては特異なスペシャリティを有し、ウェアラブルアートとして芸術作品としても非常に高く評価できるブレスレット。歴史的な背景から、高い資料価値を持ちミュージアムに収蔵されるべきアンティークジュエリーの一つとなっています。

◆着用サンプル画像はこちら◆



コンディションも大変良好です。
シルバーのクスミや細かなキズ、ハンドメイド特有の制作上のムラは見られますが、殆ど使用感を感じさせない大変良好な状態を保っています。



こちらの価格につきましてはお問い合わせください。
お手数ですが、お問い合わせ作品名・アイテムコード・お名前・住所・電話番号・メールアドレスを必ずご記載下さいますようお願いいたします。  →お問合せはこちら
Size

メンズサイズ ML - XL 程度
レディースサイズ XL - XXL 程度

内径最大幅 約60.9㎜    正面幅(高さ) 約33.0㎜
内周 約143㎜    開口部 約29.5㎜
Inside Measurement 5 5/8inch   opening 1 3/16inch 

※バングルはサイズ調整可能です。
本作は、男性サイズのM~XL、女性サイズXL以上のであれば多くの方にフィットすると思われます。
ただし、サイズ調整の際は無理な力を加えますと破損の原因となることがありますのでご注意ください。

サイズ(手首寸法)をお伝えいただければ、当店で調整後のお渡しが可能です。お気軽にお申し付けくださいませ。

Material

Silver (probably Ingot Silver)    約55.9g