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JPO004927

【Sam Roanhorse】 Vintage Stamped Silver Concho Pin c.1955~

【Sam Roanhorse】 Vintage Stamped Silver Concho Pin c.1955~
59,400 円(税込)
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【NAVAJO】ナバホの大巨匠【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホース(1904-1982) を兄に持つ作家【Sam Roanhorse】サム・ローアンホース(1915or1916-1983)の作品で、ラウンド型のコンチョをベースに秀逸なスタンプワークが施されたオーセンティックなピース。長いキャリアと卓越した技術を持った作者による高い完成度を誇るビンテージ/アンティークピンブローチです。

こちらの作品には、作者個人のホールマーク『SR』と共に当時Sam Roanhorseが在籍したインディアンクラフトショップである【White Hogan】ホワイトホーガンのショップマークが共に刻印されており、1950年代後半~1960年代頃に作られた作品と推測されます。
ラウンドシェイプをべースにしており、センターにはバースト状にスタンプワークが刻まれ、ナバホジュエリーのオーセンティックなスタイルに仕上げられたコンチョデザインですが、質の高いシルバーワークによって現在においても新鮮で年代を感じさせない完成度を見せています。さらに、全体に立体的なアールがつけられています。これは、木(丸太)やレッド(鉛の塊)に施された凹みに、地金となるシルバーをハンマーで叩き沿わせることによってドーム状の膨らみを作り上げており、非常に細かく何度もタガネで叩き沿わせる高度なハンマーワークで成形されています。
古典期に作られたナバホジュエリーにおけるコンチョの造形技術やデザインを踏襲し、武骨でプリミティブな技術によって作り上げられていますが、シンプルでセンスを感じさせるクリーンなデザインにより、当時モダンスタイルと呼ばれた美しさを持っています。


【Sam Roanhorse】サム・ローアンホースは、1915年か16年にアリゾナ州北西部のナバホリザベーションにあるコーンフィールズ・ウェルで生まれました。名前は、いつ頃か不明ですが「Roans」を「Roanhorse」へと改名しています。
1935年~1936年には、兄であり偉大な作家【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホースが受け持つサンタフェインディアンスクールの彫金クラスを受講し、シルバースミスとしての長いキャリアをスタートさせました。そして、1940年には当時サンタフェで有名店となっていた【Julius Gan's Southwestern Arts and Crafts】ユリウス・ガンズサウスウエストアーツアンドクラフツ社(以下ガンズクラフト社)で働いています。同店には、同世代の【Mark Chee】マーク・チー(1914-1981)、そして【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ(1915-1991)をはじめ、自身の兄や【David Taliman】デビッド・タリマン(1901or1902-1967)等の非常に優秀なシルバースミスが多く在籍していました。
その後、第二次世界大戦ではコードトーカー(暗号部隊)として従軍していました。※コードトーカーとは、アメリカインディアン部族による暗号部隊を指し、非常に難解なナバホ語を暗号として利用しました。結局、日本軍は最後まで解読することが出来ず、第二次世界大戦において大きな功績を残しました。

戦後の1949年にはアリゾナ州フェニックスにて、ホピの【Ralph Tawangyawma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)が在籍していた【Fred Wilson's Indian Trading Post】フレッド・ウィルソンズインディアントレーディングポストで働いています。しかし、翌年の1950年から数年間は同州ツーソンに住み、【Miller's Curios】ミラーズクリオや【Clay Lockett`s】クレイ・ロケッツ等を含むいくつかのショップで働きました。
その後は当時アリゾナ州スコッツデールに存在し、非常に有名店となっていたインディアンクラフトショップWhite Hoganに所属、本作も同店在籍時に制作された作品であり、同ショップらしいクリーンでエレガントな表情も感じさせます。

長いキャリアの中でガンズクラフト、ナバホギルド、フレッド・ウィルソンズ、ズニハウス、ミラーズクリオ等、とても多くのショップに所属して経験を積んでおり、その間に色々なスタイルや価値観を持った沢山のシルバースミスと相互に影響を受けている事が想像されます。また、ナバホギルドのホールマークとフレッド・ウィルソンズのショップマークの二つが同時に刻印された作品が一つだけ発見されていますが、その作品もサム・ローアンホースによるものと推測されています。

サム・ローアンホースの作品は最上級のクオリティを持ち、やはり兄であるアンブローズ・ローアンホースが提唱した「古典作品(技術)をベースにしながらモダンでシンプル、そして大胆なデザイン」を感じられる作品が多く残されています。さらに、本作が作られたホワイトホーガンでは、【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイ(1913?-1977)と【Allen Kee】アレン・キー(1916-1972)という天才的なジュエラーが在籍しており、その新しい造形スタイルや美意識も取り込んでいったようです。


【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホースはナバホギルドの代表も務めた人物で、現在に至るまでの大変多くのインディアンジュエリー作家に多大な影響を与えた人物の一人です。1904年、ガナード近くで生まれ、なんと9歳のころから祖父を手伝ってシルバースミスとしての技術を学び始めました。
その後、【SOUTHWEST ARTS&CRAFTS】で働き、その早熟な技術により26歳ごろにはサンタフェのインディアンスクールで彫金技術のクラスを受け持ち、大変多くの教え子を持っていました。
1937年には、『U.S.NAVAJO』のホールマークであ知られる【Indian Arts & Crafts Board】(IACB)の責任者を務め、1941年頃には、【The Navajo Arts & Crafts Guild】(NACG)ナバホギルドを起ち上げ、代表に就任しています。
サードジェネレーションと呼ばれる第3世代の作家ですが、さらに古い年代の伝統を重んじた作品を多く残し、独特の造形美や完成された技術は次世代に絶大な影響を与えたました。巨匠【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイやホピの巨匠【Louis Lomay】ルイス・ロメイも氏から技術を教授された一人です。


【White Hogan】ホワイト ホーガンは、1930年代後半にFred Wilson'sで働いていた【John Bonnell】がアリゾナ州フラッグスタッフで始めたインディアンクラフトショップで、創業当時からKenneth BegayとAllen Keeの両名とはパートナーシップを持っていました。 1951年には、同州スコッツデールに移転し、有名ショップとなっていきます。 当時の二人が作り上げるジュエリーはシンプルでエレガント、ナバホの武骨で原始的な技術を継承していましたが、非常に新鮮で新しい価値観を持っており、なんと1950年だけで66本ものアワード受賞リボンを獲得しています。 
そんなセンセーショナルな彼らの活躍によりWhite Hoganが批判の的になることもあったようですが、オーナーであるJohn Bonnellはインディアンシルバースミスをパートナーとして対等に接し、彼らの活躍の礎を築いたようです。

そしてKenneth BegayとAllen Keeは、当時日本に比べるとかなり発達していた書籍/メディアにも取り上げられ、全米で知名度のある作家となっていきます。
その後も二人の作り上げた世界観は、弟の【Johnnie Mike Begay】、従兄にあたる【George Kee】・【Ivan Kee】、Allen Keeの甥【Anthony Kee】、さらには現代作家として活躍する【Edison Cummings】へと引き継がれてゆき、2006年に閉店するまで受け継がれていました。
非常に成熟した技術を持ち、インディアンジュエリーを次のステージに引き上げたKenneth Begayは、『ナバホモダンジュエリーの父』とも呼ばれ、ホピの巨匠【Charles Loloma】チャールズ・ロロマ(1921-1991)も尊敬する作家としてその名前を挙げるほどです。また、後進の育成にも積極的に携わっており、Allen KeeやJohnnie Mike Begay等の親族以外にも多くのシルバースミスを育成したインディアンジュエリー界の偉人です。


本作もホワイトホーガンらしいシルバーのみで構成されたシンプルでエレガントな造形に、インディアンジュエリー独特の味わいや武骨さも感じさせ、手工芸品として極限まで高められたシルバーワークによりアートピースとしても高く評価されるジュエリー作品となっています。

また、コンチョを元にした作品の為、ラペルやハット以外にも多くのアイテムになじみの良いシンプルなピンブローチ。非常にクリーンで無駄のないデザインは現代的で洗練された印象を持っています。さらに、ビンテージインディアンジュエリー独特のワイルドな表情とエレガントで悠然とした佇まいを兼ねそろえた作品です。

【Sam Roanhorse】の卓越した技術力とセンスを感じることが出来る作品であり、資料価値も高く非常にコレクタブルなピンブローチです。

◆着用サンプル画像(9枚)はこちら◆


コンディションも良好で僅かなクスミや小キズなどは見られますが、ダメージやリペアの跡などはなく良い状態を保っています。
【NAVAJO】ナバホの大巨匠【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホース(1904-1982) を兄に持つ作家【Sam Roanhorse】サム・ローアンホース(1915or1916-1983)の作品で、ラウンド型のコンチョをベースに秀逸なスタンプワークが施されたオーセンティックなピース。長いキャリアと卓越した技術を持った作者による高い完成度を誇るビンテージ/アンティークピンブローチです。

こちらの作品には、作者個人のホールマーク『SR』と共に当時Sam Roanhorseが在籍したインディアンクラフトショップである【White Hogan】ホワイトホーガンのショップマークが共に刻印されており、1950年代後半~1960年代頃に作られた作品と推測されます。
ラウンドシェイプをべースにしており、センターにはバースト状にスタンプワークが刻まれ、ナバホジュエリーのオーセンティックなスタイルに仕上げられたコンチョデザインですが、質の高いシルバーワークによって現在においても新鮮で年代を感じさせない完成度を見せています。さらに、全体に立体的なアールがつけられています。これは、木(丸太)やレッド(鉛の塊)に施された凹みに、地金となるシルバーをハンマーで叩き沿わせることによってドーム状の膨らみを作り上げており、非常に細かく何度もタガネで叩き沿わせる高度なハンマーワークで成形されています。
古典期に作られたナバホジュエリーにおけるコンチョの造形技術やデザインを踏襲し、武骨でプリミティブな技術によって作り上げられていますが、シンプルでセンスを感じさせるクリーンなデザインにより、当時モダンスタイルと呼ばれた美しさを持っています。


【Sam Roanhorse】サム・ローアンホースは、1915年か16年にアリゾナ州北西部のナバホリザベーションにあるコーンフィールズ・ウェルで生まれました。名前は、いつ頃か不明ですが「Roans」を「Roanhorse」へと改名しています。
1935年~1936年には、兄であり偉大な作家【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホースが受け持つサンタフェインディアンスクールの彫金クラスを受講し、シルバースミスとしての長いキャリアをスタートさせました。そして、1940年には当時サンタフェで有名店となっていた【Julius Gan's Southwestern Arts and Crafts】ユリウス・ガンズサウスウエストアーツアンドクラフツ社(以下ガンズクラフト社)で働いています。同店には、同世代の【Mark Chee】マーク・チー(1914-1981)、そして【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ(1915-1991)をはじめ、自身の兄や【David Taliman】デビッド・タリマン(1901or1902-1967)等の非常に優秀なシルバースミスが多く在籍していました。
その後、第二次世界大戦ではコードトーカー(暗号部隊)として従軍していました。※コードトーカーとは、アメリカインディアン部族による暗号部隊を指し、非常に難解なナバホ語を暗号として利用しました。結局、日本軍は最後まで解読することが出来ず、第二次世界大戦において大きな功績を残しました。

戦後の1949年にはアリゾナ州フェニックスにて、ホピの【Ralph Tawangyawma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)が在籍していた【Fred Wilson's Indian Trading Post】フレッド・ウィルソンズインディアントレーディングポストで働いています。しかし、翌年の1950年から数年間は同州ツーソンに住み、【Miller's Curios】ミラーズクリオや【Clay Lockett`s】クレイ・ロケッツ等を含むいくつかのショップで働きました。
その後は当時アリゾナ州スコッツデールに存在し、非常に有名店となっていたインディアンクラフトショップWhite Hoganに所属、本作も同店在籍時に制作された作品であり、同ショップらしいクリーンでエレガントな表情も感じさせます。

長いキャリアの中でガンズクラフト、ナバホギルド、フレッド・ウィルソンズ、ズニハウス、ミラーズクリオ等、とても多くのショップに所属して経験を積んでおり、その間に色々なスタイルや価値観を持った沢山のシルバースミスと相互に影響を受けている事が想像されます。また、ナバホギルドのホールマークとフレッド・ウィルソンズのショップマークの二つが同時に刻印された作品が一つだけ発見されていますが、その作品もサム・ローアンホースによるものと推測されています。

サム・ローアンホースの作品は最上級のクオリティを持ち、やはり兄であるアンブローズ・ローアンホースが提唱した「古典作品(技術)をベースにしながらモダンでシンプル、そして大胆なデザイン」を感じられる作品が多く残されています。さらに、本作が作られたホワイトホーガンでは、【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイ(1913?-1977)と【Allen Kee】アレン・キー(1916-1972)という天才的なジュエラーが在籍しており、その新しい造形スタイルや美意識も取り込んでいったようです。


【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホースはナバホギルドの代表も務めた人物で、現在に至るまでの大変多くのインディアンジュエリー作家に多大な影響を与えた人物の一人です。1904年、ガナード近くで生まれ、なんと9歳のころから祖父を手伝ってシルバースミスとしての技術を学び始めました。
その後、【SOUTHWEST ARTS&CRAFTS】で働き、その早熟な技術により26歳ごろにはサンタフェのインディアンスクールで彫金技術のクラスを受け持ち、大変多くの教え子を持っていました。
1937年には、『U.S.NAVAJO』のホールマークであ知られる【Indian Arts & Crafts Board】(IACB)の責任者を務め、1941年頃には、【The Navajo Arts & Crafts Guild】(NACG)ナバホギルドを起ち上げ、代表に就任しています。
サードジェネレーションと呼ばれる第3世代の作家ですが、さらに古い年代の伝統を重んじた作品を多く残し、独特の造形美や完成された技術は次世代に絶大な影響を与えたました。巨匠【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイやホピの巨匠【Louis Lomay】ルイス・ロメイも氏から技術を教授された一人です。


【White Hogan】ホワイト ホーガンは、1930年代後半にFred Wilson'sで働いていた【John Bonnell】がアリゾナ州フラッグスタッフで始めたインディアンクラフトショップで、創業当時からKenneth BegayとAllen Keeの両名とはパートナーシップを持っていました。 1951年には、同州スコッツデールに移転し、有名ショップとなっていきます。 当時の二人が作り上げるジュエリーはシンプルでエレガント、ナバホの武骨で原始的な技術を継承していましたが、非常に新鮮で新しい価値観を持っており、なんと1950年だけで66本ものアワード受賞リボンを獲得しています。 
そんなセンセーショナルな彼らの活躍によりWhite Hoganが批判の的になることもあったようですが、オーナーであるJohn Bonnellはインディアンシルバースミスをパートナーとして対等に接し、彼らの活躍の礎を築いたようです。

そしてKenneth BegayとAllen Keeは、当時日本に比べるとかなり発達していた書籍/メディアにも取り上げられ、全米で知名度のある作家となっていきます。
その後も二人の作り上げた世界観は、弟の【Johnnie Mike Begay】、従兄にあたる【George Kee】・【Ivan Kee】、Allen Keeの甥【Anthony Kee】、さらには現代作家として活躍する【Edison Cummings】へと引き継がれてゆき、2006年に閉店するまで受け継がれていました。
非常に成熟した技術を持ち、インディアンジュエリーを次のステージに引き上げたKenneth Begayは、『ナバホモダンジュエリーの父』とも呼ばれ、ホピの巨匠【Charles Loloma】チャールズ・ロロマ(1921-1991)も尊敬する作家としてその名前を挙げるほどです。また、後進の育成にも積極的に携わっており、Allen KeeやJohnnie Mike Begay等の親族以外にも多くのシルバースミスを育成したインディアンジュエリー界の偉人です。


本作もホワイトホーガンらしいシルバーのみで構成されたシンプルでエレガントな造形に、インディアンジュエリー独特の味わいや武骨さも感じさせ、手工芸品として極限まで高められたシルバーワークによりアートピースとしても高く評価されるジュエリー作品となっています。

また、コンチョを元にした作品の為、ラペルやハット以外にも多くのアイテムになじみの良いシンプルなピンブローチ。非常にクリーンで無駄のないデザインは現代的で洗練された印象を持っています。さらに、ビンテージインディアンジュエリー独特のワイルドな表情とエレガントで悠然とした佇まいを兼ねそろえた作品です。

【Sam Roanhorse】の卓越した技術力とセンスを感じることが出来る作品であり、資料価値も高く非常にコレクタブルなピンブローチです。

◆着用サンプル画像(9枚)はこちら◆


コンディションも良好で僅かなクスミや小キズなどは見られますが、ダメージやリペアの跡などはなく良い状態を保っています。
Size

縦 約4.1㎝   横 約4.1㎝ 

Material

Silver