【NAVAJO】ナバホの偉大なシルバースミス兄弟の弟【Ike Wilson】アイク・ウィルソン(1901-1942)とその妻【Katherine Wilson】キャサリン・ウィルソン、又は兄である【Austin Wilson】オースティン・ウィルソン(1901-1976)による作品。素晴らしいクオリティのスタンプワークが刻まれた、立体的なドーム型のコンチョをフェイスに構成した同作者を代表する造形のアンティーク/ビンテージリングです。
当店ではこれまで、本作の内側に刻印されている「ボウ&アロー」のホールマーク(作者のサイン)を、兄であるAustin Wilsonが自身の作品に使用していた可能性が高いと紹介してきました。しかし現在、新しい文献やフィールド調査によって、弟のIkeとその妻Katherineによって作られた作品である可能性の方が優位となっています。
おそらく1940年代~1960年代頃に制作された作品で、立体的な曲面を持つコンチョの裏面がフラットに構成され『Hollow Style/ホロウスタイル』と呼ばれる中空構造で構成されたコンチョがフェイスとなっています。そのぽってりとした丸いフォルムがユニークで可愛い雰囲気ながら、着用した印象はオーセンティックかつクラシックな雰囲気のリングです。
シャンクはハーフラウンドワイヤーで構成されていますが、そのハーフラウンドワイヤーも既成のワイヤーではなく、独自に成形されたものが使用されています。特に本作ではシャンクに槌目/Hammered markが施され、さり気ないディテールながら味わい深い表情が与えられています。
フェイスのコンチョは、立体的なドーム型コンチョにオースティン・ウィルソン独特の高いクオリティーを誇るバーストデザインのスタンプワークが施され、裏面はフラットに造形されています。こちらのような造形は『Hollow Style』と呼ばれ、高い技術による中空構造で、曲面とボリューム感のある独特のフォルムを形成しています。
【Hollow Style】中空構造/ホロウスタイルは、1940年代頃からみられる技法の一つで、この作品が制作された当時はまだ、新しいスタイルとして取り入られられた技術と推測されます。また、美しく造形するには高い技術を必要としたため、現存する作品の少ないスタイルの一つでもあり、こちドーム型のコンチョの裏面にフラットなプレートををロウ付けすることで造形されており、こちらの様にロウ付けの跡が確認出来ず綺麗な立体を作り上げるのは容易ではありません。
また、同様のフォルムをシルバーの塊から成形することも可能ですが、シルバーをソリッド(無垢)な状態で仕上げてしまうと、その重量によって着用中に回ってしまうため、こちらのようなフォルムは中空構造/ホロウスタイルでしか実現できない造形です。
【Austin Wilson】オースティン・ウィルソンと【Ike Wilson】アイク・ウィルソンは、ナバホ族の兄弟であり、二人とも1901年生まれで、一説にはアングロ(白人)の血が入っていたのではないかとされています。
インディアンジュエリー作家の第二世代、セカンドジェネレーションと呼ばれる【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)や【David Taliman】デビッド・タリマン(1902or1901-1967)、 ホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等と同世代であり、インディアンジュエリーの『作家』として活動を始めた最初期の一人です。
二人ともナバホリザベーションに生まれますが、弟のIke Wilsonが先にシルバースミスとして【Charles Garrett Wallace】チャールズ・ガレット・ウォレス(1898-1993)の経営するズニプエブロのC. G. Wallace Trading Postで仕事を始めます。その後、兄であるAustin Wilsonを同じC. G. Wallace Trading Postに誘いれたようです。キャリア中期以降は、ズニプエブロに存在するC. G. Wallace以外のトレーダーにも作品を供給しており、多くの素晴らしい作品を生み出しました。それは、彼らによる多くの作品がすでにミュージアムに収蔵されていることからも作家としての独自性やシルバースミスとしての高い技術や創造性がうかがえます。
また、C. G. Wallace はZUNI /ズ二のジュエリーを専門に扱うトレーダーでしたが、1920年代にナバホのシルバー彫金技術を必要としてIke Wilson等、ナバホのシルバースミスを登用したとされています。しかしながら、所属するジュエリー作家の多くがズニのジュエラーであった為、Austin WilsonとIke Wilsonの兄弟の作品の中には、その当時ではほとんど考えられなかったズニの作家との共作と思われるチャンネルインレイ技術が使われた作品などが見つかっています。ただし、二人は基本的にシルバーワークを専門としており、ナバホのトラディッショナルな技術をベースに、ズニの作家による石のカットやカービングと彼らのシルバーワークを組み合わせたピースが残されています。その技術・技法はナバホの伝統的な彫金技術を重視していたようですが、そのデザインスタイルやナバホジュエリーにはあまり見られない繊細な仕事には、ズニの影響が感じられます。
本作におけるリーフ(たばこの葉)をモチーフとしたスタンプ(鏨)ツールもナバホジュエリーの古典作品を基本としたデザインの本作に、プエブロのシルバースミスを想起させる少し特殊なディテールとなっています。これも狩猟民族であるナバホと異なり、農耕民族として自然をモチーフとして多く取り入れたズニの影響であることが推測されます。
ブレスレットやリングなど、トラディショナルなナバホスタイルを踏襲した作品が多く見つかっていますが、ボックスやカトラリー等多岐にわたるシルバー作品を残しており、伝統的な技術を踏襲しながらも新しいスタイルや実験的な造形のピースも見られ、そのクリエイティブな作風や美意識は後世の作家にも多くの影響を与えています。さらに、1941年発足の職人団体【The Navajo Arts & Crafts Guild】 ナバホギルドのメンバーとしてもその名前が残されています。
弟の【Ike Wilson】 は1942年に事故で亡くなられており、兄の【Austin Wilson】は1976年没。また、Ike Wilsonの孫にあたるのが、コンテンポラリージュエリーの有名作家【Harry Morgan】ハリー・モーガン(1946-2007)です。
ホールマーク(作家のサイン)については、こちらのピースに施されているボウ&アローの刻印が多く見つかっていますが、それが兄弟の内でどちらのサインであるか明確になっていません。前述のように、弟であるIkeが使用したホールマークであり、1942年のIkeの死後は妻であるKatherine Wilsonがしばらく受け継いでいた可能性が高いと推測しています。兄弟で共通のホールマークであった可能性も排除できません。
また、トマホークモチーフの刻印やホーガンモチーフのものなども同作者のものとして紹介されていることがありますが、C. G. Wallace Trading Postには、二人以外にも【Billy Hoxie】ビリー・ホクシー、【Charles Begay】チャールズ・ビゲイ(1912-1998)等、一説には二十数人と言われるナバホ出身のシルバースミスが作品を供給していたと云われており、オースティン・ウィルソンかアイク・ウィルソン、それぞれのサイン/ホールマークを断定するのは大変困難だと思われます。
またそれは、AustinとIkeが1歳ほど年の離れた兄弟である事が、最近のErnie Bulow氏の研究・調査によって判明したばかりであり、それまでは同一人物とされていました。それらの研究経過からもまだまだ不明点が多く、ホールマーク等の詳細について判断するにはまだ今後の研究・調査が必要かと思われます。
当時の高名な作家と同じようにホールマークの刻印されていない作品も確認されていますが、当時の作家の中では多作であり、比較的ホールマークの刻印されたピースが残っている作者です。
本作もWilson兄弟やKatherineによる作品らしく、ナバホの古典スタイルを踏襲しながらも独創的で立体的な造形と実験的で新しい試みを感じさせるデザインのリングです。クラシックでありながらモダンで現代的なセンスを持った作品であり、同作者によってスタンプワークのデザインを変えた同じ造形の作品が継続的に制作されていたようです。
現在、シルバービーズの球体や本作の様な半球体のコンチョは『ナバホパール』や『デザートパール』とも呼ばれ、インディアンによるパールアイテムとも捉えることが事が出来る作品です。
その立体的なコンチョの造形は、インディアンジュエリーらしい素朴でナチュラルな印象を与えながらも普遍的で洗練されたリングとなっており、タイムレスな造形美は性別を問わず自然に手に馴染みます。女性にはもちろんですが、男性にも向いたリングです。
ビンテージインディアンジュエリー独特の味わいと、Austin Wilson/Ike Wilsonという偉大な作家によるオリジナリティを持つ作品であり、ホールマークの刻印がさらに希少性を高め、非常にコレクタブルで史料価値も高いアンティークジュエリーの一つとなっています。
◆着用サンプル画像(10枚)はこちら◆
コンディションも良好で、シルバーの僅かなクスミやハンドメイド特有の制作上のムラが見られますが、使用感を感じない大変良い状態を保っています。