【NAVAJO】ナバホのアンティークジュエリー、非常に重厚なバンドをベースに、大胆にバスケットウィーブパターンが刻まれたシンプルながら大変力強い作品。高い完成度と現在においても洗練された印象を持ったアンティーク/ビンテージバングルです。
ホールマーク(作者や工房のサイン)等が刻印されていない為、正確に作者や背景を特定することは出来ませんが、過去に発見されている類似作品や厚く重いバンドの立体的な造形等からは、『U.S.NAVAJO』の刻印で知られる【Indian Arts & Crafts Board】(IACB)の認証を受けたトレーディングポストの中でも『U.S. NAVAJO 2』末尾のナンバー2の【C. G. Wallace Trading Post】C.G.ウォレスインディアントレーディングポスト、又は【The Navajo Arts & Crafts Guild】 (NACG)=通称『ナバホギルド』のどちらかで制作された事が推定可能な作品となっています。
1930年代~1940年代前半頃に作られたと思われる作品で、原始的な技術で形作られたシンプルな造形ながら、手の込んだシルバーワークや作者の突出した造形センスにより、素晴らしい完成度とオリジナリティが与えらています。
インゴットシルバー(銀塊)から成形されたバンド(地金)に、直線的な鏨(たがね)を交互に打ち込むことにより、バスケットウィーブパターンが大胆に構成されています。
さらに、鏨を使いシルバーに立体的な角度を付ける(彫刻の様なイメージ)技術である『チェイシング/Chasing』と呼ばれる技法と、『ファイルワーク』と言う削る技術を組み合わせ、バスケットウィーブ/籠目がとても立体的かつ流麗に表現されています。
それは、上下のエッジにまで及んでおり、エッジ部分にも規則的な刻みやデザインに合わせた角度が施される事で、立体感とともに躍動感のある造形が生み出されています。
プリミティブなスタンプワークをメインとしたミニマムで大胆な造形ですが、伝統的な製法/技術がしっかりと踏襲された作品。無駄のないデザインは、無機質で緊張感のある表情も生み出していますが、それと同時に作者の熱量や信念というヒューマニティーも宿しているように感じられます。
また、特別な造形センスと技巧の証ともいえるシルバーワークの完成度により、ミッドセンチュリー期の価値観を反映したモダンな美しさを持っています。
現代では、ナバホのトップアーティストである【McKee Platero】マッキー・プラテロ氏等が、本作のようにナバホギルドの代表である【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホース(1904-1982)が提唱し育んだ「古典作品(技術)をベースに、モダンで完成されたジュエリー」という理念の影響を強く受けています。
初期のMcKee Platero氏の作品では、こちらと同じようなシンプルで簡潔なスタンプワークとチェイシング、ファイルワークのみで構成されたピースが散見されます。
それらをベースにさらに自身の思想や美意識を反映させ、高い次元へと作品を昇華させたマッキー・プラテロ氏は、日本の伝統継承で云う『守・破・離』を体現し、ナバホジュエリーをアートピース/芸術作品に押し上げたシルバースミスでありアーティストです。
内側に刻まれている文字『JUNE』は、作者などを示すものではなく過去の持ち主が防犯の目的で記したものと思われます。
【Indian Arts & Crafts Board】(IACB)は、インディアンアートの普及やクオリティーの保全、職人の地位向上等のために現地トレーディングポストやトレーダーによって1937年に組織されました。
『U.S.NAVAJO』『U.S. ZUNI』『U.S. HOPI』のスタンプを使うことで、アメリカ政府の公認を表した公的な意味合いを重視した組織です。
国としての歴史が浅く、カルチャーやアートに乏しいと考えたアメリカ政府が、インディアンアート/クラフトをアメリカの誇る独自のアート・工芸として世界的に認知させることもIACB発足の目的だったようです。
さらに、1930年代以降に隆盛した【BELL TRADING POST】や【Maisel's Indian Trading Post】、【Arrow Novelty】等の"Manufacturers"とされる量産化を推し進めたメーカーによるマスプロ品と、その製法や工程において正当なインディアンジュエリーであること等を差別化する事も必要とされていました。
上記のような現在『フレッド・ハービースタイル』と呼ばれるメーカーでは、ジュエリー等の製作に分業化や機械化を進め、結果的にインディアンジュエリー作家の独立や生計を圧迫しました。
そのため、古くからインディアン達と密接に付き合い、インディアンアート/クラフトを扱うトレーディングポストやトレーダー、さらにはインディアンアーティスト自身たちによって、量産化を図るメーカーに対する対抗策が講じられました。
Indian Arts & Crafts Boardもその中の一つで、サンタフェの人類学研究所キュレーターである【Kenneth Chapman】ケネス・チャップマンと、フォートウィンゲート及びサンタフェインディアンスクールで彫金クラスを受け持つナバホの巨匠【Ambrose Roanhorse】アンブローズ・ローアンホース(1904-1982)の二人によって、その素材から製法・仕上げに至るまで『U.S.NAVAJO』の刻印を許可する厳しいガイドラインが設定されました。
前述の様に末尾のナンバーはそれぞれトレーディングポストや工房を表しています。
現在、判明しているナンバーは・・・
U.S.NAVAJO 1 = Gallup Mercantile
U.S.ZUNI 1 & U.S.NAVAJO 2 = C. G. Wallace Trading Post 等があります。
また、末尾の数字が二桁(20~60、70はナバホギルド)のものはアメリカ中西部に点在している政府が運営するインディアンスクールの彫金クラスで制作されたピースになります。
それらのホールマーク刻印は、ティファニー社に制作をオーダーしたとされており、通常はジュエリー制作の初期段階で刻むのがホールマークや素材表記の刻印ですが、ジュエリーの製法や素材に対する厳正な審査を受けた事を証明する為の刻印であるU.S.NAVAJO/U.S. ZUNI/U.S. HOPIの刻印は、作品完成後に刻印され、中央ではなくサイドやターミナルに近い場所に刻印されている事が多いのも特徴です。
その認証システムは、伝統的な作品を扱うトレーダーにとって非常に重要であり高い需要があったようですが、その審査を担当した彫金の教員経験を持つシルバースミスは僅か数人であり、アメリカ中西部の広い範囲に分布したトレーディングポストを回って審査・認証していくという供給が全く追い付かず、その為にシステム自体が短命に終わってしまったようです。
【C. G. Wallace INDIAN TRADER/C. G. Wallace Trading Post】C.G.ウォレスインディアントレーダーは、【Charles Garrett Wallace】チャールズ・ガレット・ウォレスが、1928年にZUNI /ズ二のジュエリーを専門に扱うトレーダーとしてズニの町で創業し、非常に多くのズニジュエリー作家を支援しました。
創業後すぐに、ナバホのシルバー彫金技術を必要として【Ike Wilson】アイク・ウィルソン(1901-1942)とその兄である【Austin Wilson】オースティン・ウィルソン(1901-1976)、他にも【Billy Hoxie】ビリー・ホクシー、【Charles Begay】チャールズ・ビゲイ(1912-1998)等の一説には二十数人と言われるナバホ出身のシルバースミスが在籍していたと云われており、こちらの作者もその中の一人による作品だと思われます。
また、彼らの様にズニの町でシルバースミスをしていたナバホの職人は、技術的にはナバホの伝統的な彫金技術を重視していたようですが、植物のようなスタンプワークのデザインや表現等、そのデザインスタイルやディテールには、ナバホジュエリーにはあまり見られないズニ/プエブロの影響を受けていると考えられる作品が多く残されています。
そんな少し特殊な環境や優秀な職人による伝統の継承、さらに経営者であるCharles Garrett Wallaceの献身的なインディアンアーティストへのバックアップにより大変多くの傑作を生み出し、後世に残したトレーディングポストです。
それら残された作品群の一部であるCharles Garrett Wallaceの個人コレクションの約半数は、1975年にアリゾナ州フェニックスのバードミュージアムに寄贈されました。
また、残りの一部はSotheby Parke Bernet社のオークションに出品され、そのオークションカタログは現在でも多くの研究者やコレクターにとっての第一級の資料となっています。
【The Navajo Arts & Crafts Guild】(NACG)※以下ナバホギルドはインディアンアートの普及やクオリティーの保全、職人の地位向上等、【The United Indian Trader’s Association】(UITA)とも近しい目的の為に、ナバホのシルバースミス達の手によって組織されました。
中でもナバホギルドは、UITA等に比べナバホの職人主導で組織された団体で、大巨匠であるナバホのシルバースミスAmbrose Roanhorseが代表を務め、後進の育成や伝統的な技術の伝承、インディアンジュエリーのさらなる普及などを目的に1941年にギルドとして発足しました。明確にはなっていませんが、U.S.NAVAJO/Indian Arts & Crafts Boardが1937年~1940年代の初め頃までしか見られないのも、第二次世界大戦の激化による影響だけではなく、どちらの組織においても重要な役割を担っていたAmbrose Roanhorseが、Navajo Guild/The Navajo Arts & Crafts Guildに注力したためではないかと考えられます。
ナバホギルドによる作品のスタイルは特徴的で、Ambrose Roanhorseの意図が強く働いた影響のためか、インゴットから作られたベースに、クリーンで構築的なスタンプワークをメインとしたデザインと、昔ながらのキャストワークによるピースが多く、どちらも回顧主義的なオールドスタイルでありながら、洗練された美しい作品が多く制作されました。
また、もう一つの特徴はその構成メンバーです。当時から有名で最高の技術を究めた作家が名を連ねています。
【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイ、【Mark Chee】マーク・チー、【Austin Wilson】オースティン・ウィルソン、【Allan Kee】アレン・キー、【Ivan Kee】アイバン・キー、【Jack Adakai】ジャック・アダカイ、【Billy Goodluck】ビリー・グッドラック等、さらに、Ambrose Roanhorseの教え子の一人であるホピ族の【Louis Lomay】ルイス・ロメイもナバホギルドのメンバーだったようです。
高い技術を備えたシルバースミスがナバホギルドに集中した理由としては、インディアンスクールの彫金クラスを受け持っていたAmbrose Roanhorseが、成績優秀な卒業生をナバホギルドに所属させた為と考えられており、Ambrose Roanhorseを支援していたC. G. Wallace Trading Postとも共通した人選となっているようです。
さらに特筆すべきは、これだけ有名作家が揃っていながら【NAVAJO GUILD】のジュエリーとして制作されるものは、個人のホールマーク(署名/サイン)が認められていませんでした。そのため、1941年の発足から1940年代の半ばごろまでは、まったくホールマークなどが記載されていないか1943年以前には『U.S.NAVAJO 70』が用いられています。
その後、1943年に【Horned Moon/ホーンドムーン】と呼ばれる空を司る精霊をモチーフとしたシンボルがナバホギルドの象徴として商標登録されており、諸説ありますが1940年代後半頃からホールマークとして作品に刻印されるようになったようです。
1950年代以降になってからは『NAVAJO』の文字や、銀含有率92.5%の地金であることを示す『STERLING』の刻印が追加されていきます。
また、1940年代後半以降でもホールマークの刻印が刻まれていない個体も多く発見されています。
ナバホギルドの代表を務めた【Ambrose Roanhorse】は後進の育成にも熱心な作家で、前述の通り1930年代からサンタフェのインディアンスクールで彫金技術のクラスで教壇に立ち、多くの教え子を持っていました。
サードジェネレーションと呼ばれる第3世代の作家ですが、さらに古い年代の伝統を重んじた作品を多く残し、独特の造形美や完成された技術は次世代に絶大な影響を与えた人物です。
【Ingot Silver】インゴットシルバー(銀塊)からの成形は、アンティークインディアンジュエリーにおいて非常に重要なファクターですが、銀含有率/品位とは関係なく、ジュエリーの製法技術を表します。
現在制作されている作品の多くは、材料として市販されているシルバープレート(銀板/ゲージ)を加工することでジュエリーとして成形されていますが、インゴットから成形する製法では一度溶かしたシルバーを、鍛冶仕事に近い方法であるハンマーやローラーで叩き伸ばすことでジュエリーとして成形していきます。
最終的にはどちらもプレートやバーの形態になるため、大きな差は無いように思われますが、インゴットから成形されたシルバーの肌は、硬くなめらかで鈍い光を持っています。
それにより生み出されるプリミティブで武骨な作品の表情は、やはりアンティークインディアンジュエリーの大きな魅力です。
また、1930年代にはシルバープレートが登場しますが、当時シルバープレートを用いて制作されたジュエリーは政府によりインディアンクラフトとして認定されず、グランドキャニオンなどの国立公園内で販売できなくなった記録も残っています。
本作もインゴットシルバーからの成形を含む、全てのディテールが原始的な技術で構成された素朴なアンティークジュエリーですが、細部まで丁寧で完成されたシルバーワークと、アンティーク作品と思えないデザインの洗練度、そして長い経年によりアートピース・ウェアラブルアートとしても高く評価される作品に昇華されています。
工芸品として練り上げられた無駄のないデザインと普遍的な造形美は、多くのスタイルに良く馴染む高い汎用性を示します。
どんな装いにもフィットするクリーンな印象と、硬く強靭な造りによる独特な上質感も備えており、タイムレスに末永く長くご愛用いただけるバングルです。
またこの様なミニマムなデザインは、目立った特徴を持っていないようにも感じられますが、一見してU.S.NAVAJOの刻印された作品や、ナバホギルドに所属したシルバースミスの作品が想起されるスペシャリティを有しています。
現代においても簡単に再現できない技巧と作者の精神性が注ぎ込まれた作品であり、インディアンジュエリーの深淵な歴史を感じさせるブレスレットとなっています。
◆着用サンプル画像はこちら◆
コンディションも大変良好です。
細かなキズやシルバーのクスミ、ハンドメイド作品特有の制作上のムラ等は見られますが、使用感は少なくとても良い状態を保っています。