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JRO012588

Antique Navajo Twisted Wire Shank Ring w/Square TQ c.1940

【NAVAJO】ナバホのアンティークジュエリー、スクエアワイヤーを捻ることで造形したツイステッドワイヤーで構成された作品で、それらのディテールやデザインワークはナバホの偉大な作家【Fred Peshlakai】 フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)の作品を想起させるアンティーク/ビンテージリングです。

ホールマーク(サイン)が刻印されておらず、作者の特定は不可能ですが、スクエアツイステッドワイヤーをシャンクにしたディテールは、Fred Peshlakaiの作品以外では見られないという説もあり、その他のデザイン/造形からも同作者である可能性を強く感じる作品です。

1940年代頃の作品と思われ、前述の通り単独のスクエアワイヤー(四角い断面を持つシルバーワイヤー)を捻ることで制作したツイステッドワイヤーを3本重ねることでスプリットシャンクと同じ造形が作られており、フロントに繋がる両サイド部分以外はツイストせずにスクエアのまま束ねてロウ付けされているようです。また、センターにはスクエアカットの美しいターコイズがセットされ、同じように作られたツイステッドワイヤーが2重に施されています。さらに、サイドにはスタンプワークの刻まれたコンチョのアップリケ/パッチワークが配されており、これらのデザイン/構成もFred Peshlakaiが好んだディテールの一つです。


【Fred Peshlakai】 フレッド・ぺシュラカイは1896年ニューメキシコ州との州境に近いアリゾナ州ルカチュカイで生まれ、その後ナバホラグでも有名なクリスタルで育ちました。 当時はまだ一夫多妻が珍しくなかったようで、父親であるシルバースミス【Besthlagai-ilth'ini Althts' osigi】(Ansosi Peshlakai)の4番目の妻の子供として生まれ、その兄弟は19人と言う大きな家族だったようです。 その中の7歳~8歳年下の弟が共に有名作家であった【Frank Peshlakai】フランク・ペシュラカイです
そして、ナバホジュエリーの歴史においてその創始者の一人とされる【Slender Maker of Silver】(Peshlakai Atsidi)(1840?-1916)は、Fred Peshlakaiの父親の兄弟で、Fred Peshlakaiにとっては叔父であるとされています。 Slender Maker of Silverは、インディアンジュエリーの創始者であり、ルーツとされる【Atsidi Sani】を兄に持ち、1800年代中頃からAnsosi Peshlakaiと共にシルバースミスとしての技術を教授されたと言われています。
そんな恵まれた環境にあったFred PeshlakaiとFrank Peshlakaiは、幼少期からシルバースミスとしての技術を教え込まれ、とても若くして高い技術を身に付けていたと推測されます。

1920年代には父親がシルバースミスを辞めたことから、Fred Peshlakaiもナバホリザベーションを離れ、映画俳優等いくつかの仕事をしていたようですが、1927年には結婚、ガナードでシルバースミスとしての仕事を再開し、ギャラップで自身のショップを経営しました。 1931年からはフォートウィンゲートでシルバーワークを教える講師として働く等、精力的に活動するようになります。
そして、1934年にシカゴで開催された『Chicago World's Fair』では、ナバホのシルバースミスを代表し、トラディッショナルなシルバーワークのデモンストレーションを行ったとされています。
1935年~37年にかけてはフェニックスにあったインディアンクラフトショップ【Vaugn's Indian Store】のためにジュエリーを制作しました。同時期のVaugn's Indian Storeには、ホピ族の初期に活躍した巨匠【Ralph Tawangyawma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や、同じくホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等が在籍していました。1937年頃には、Vaugn's Indian Storeがカリフォルニア州ハリウッドに移転したことに伴い、Fred Peshlakaiもロサンゼルスに移り住んでハリウッドの店で制作するようになります。
そして、1940年にはロサンゼルスのユニオンステーションから近いOlvera Streetでインディアンクラフトショップを開店します。Olvera Streetはリトル東京からも非常に近い場所で、ロサンゼルスダウンタウンに隣接した位置にありますが、ユニオンステーションを利用する観光客向けに現在でも小さな路面店が並ぶショッピングディストリクトになっています。
そこでジュエリーの制作をつづけ、多くのショーでアワードを受賞するなど、さらにそのキャリアを積み上げていきました。1972年に体調を崩し、73年に娘と共にナバホリザベーションに戻るまで30年以上にわたりOlvera Streetで制作を継続。 そして1974年12月22日、ギャラップの病院で亡くなりました。

彼らが非常に優秀なシルバースミスであったことは言うまでもありませんが、ナバホの古典技術を第一人者である叔父と父親から学び、それらを守るだけでなく、新しい技術とスタイル、そして次世代の伝統そのものを作り上げたパイオニアであり、アーティストとしての才能も突出した作家達です。やはりベースにはナバホのクラシックなスタイルがありますが、それらの技術を使いながらも全く新しい造形や実験的な作品を多く残し、それらは後進の作家や工房に大きな影響を与え、今日ではトラディッショナルな造形と呼ばれている物が多く存在します。 【Kenneth Begay】 ケニス・ビゲイ の師でもあり、現代作家の多くが尊敬するアーティストです。


こちらのリングも作者の独自性と卓越した技術、突出した造形センスを持ち、当時はとてもモダンなデザインであったことが推測されますが、武骨で芯の強い印象はナバホジュエリーの伝統的な美意識や精神を宿しているように感じます。
スクエアカットのターコイズや2重に施されたツイステッドワイヤーなどのディテールにより、構築的で少し男性的な表情を持っていますが、繊細なシルバーワークはアンティークながらエレガントな印象もあり、ラフなスタイルだけでなく少しフォーマルなスタイルにもフィットするリングです。

ホールマークが入らないため作者は不明ですが、それでもなお史料価値が高く、素晴らしい技術と造形美を持ったハイエンドなアンティークインディアンジュエリーです。

着用画像はこちら↓
画像①
画像②
画像③
画像④


コンディションはある程度の使用感が見られ、シルバーには全体に摩耗やクスミが見られますが、目立ったダメージは無く良好な状態です。ハンドメイドによる造形ですので、少し左右不対称な部分など制作上のムラは見られます。
PRICE:
49,500 円(税込)
SIZE:
日本規格 約 11.5~12号  円周 約 52.4㎜    us 6.5
正面幅 約 13.9㎜
MATERIAL:
Silver, Turquoise
SOLD OUT
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