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JBO004511

Vintage Navajo Stamped & Coiled Wire Cuff Bracelet c.1950

Vintage Navajo Stamped & Coiled Wire Cuff Bracelet c.1950
42,900 円(税込)
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Vintage Navajo Stamped & Coiled Wire Cuff Bracelet  c.1950
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【NAVAJO】ナバホか【PUEBLO】プエブロのビンテージジュエリー、インゴットシルバー(銀塊)から成形されたハーフラウンドワイヤー2本と、細いワイヤーによるコイル(螺旋状に巻いた状態)を3連に重ねてバンド(地金)に構成した作品。シンプルで素朴な雰囲気ながら心地よい重量感を有し、手の込んだシルバーワークによって仕上げられたアンティーク/ビンテージバングルです。

1950年代前後に作られた作品と思われ、インゴットシルバー(銀塊)から成形したハーフラウンドワイヤーは、さり気なくも効果的なスタンプワークが刻まれています。そして、それらを上下に配し、中央にコイルドワイヤーを挟み込むことで3連のバンドを作り上げています。
このようなコイルは、細いシルバーワイヤーを丸い棒に巻き付けることで作り出しており、インディアンジュエリーでは1930年代以前から見られる彫金技術の一つです。特に古いピースではサントドミンゴ族/キワの作品で多く使われた技術とされ、当時の作品では、コイルを制作後、さらにハンマーによって叩き鞣すことで作り上げた螺旋状のワイヤー装飾が多く見られます。1950年代以降では【Cochiti】コチティの大巨匠【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ(1915-1991)の作品において、本作と同様にコイルをそのままバンドに構成した作品が散見されます。さらに、Joe H. Quintanaはこちらの作品が制作されたと推定される工房【Seligman's】セリグマンズに在籍していた経歴があり、在籍時に吸収したディテールの可能性が高いと思われ、本人が制作した可能性も排除できません。さらに、現代においても【Tahe】タヒファミリー等のシルバースミスが技術を受け継ぎ、少し違った印象ながらコイルを基本としたワイヤーの作品を制作しています。
その様なコイルドワイヤーを始め、スタンプワーク等のシルバーワークはどれもプリミティブで伝統的な技術となっていますが、その仕上がりはどこかモダンで現代的な表情を持っています。


内側には925シルバー製であることを表す『STERLING』と共に『HAND MADE』の刻印が施されています。この『HAND MADE』のスタンプにより、1930年代後半~1950年代に、アメリカ中西部に誕生した多くのインディアンジュエリーショップの中でもいくつかのショップ/工房が推測されます。
最初に『HAND MADE AT THE INDIANS』 『HAND MADE BY INDIANS』を使用したのは1920年にコロラド州で創業した【GARDEN OF THE GODS TRADING POST】ガーデンオブザゴッド トレーディングポストです。1930年代には、当時【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイと【Allan Kee】アレン・キーが所属していたフラッグスタッフの【Babbitt's Indian Shop】バビッツ・インディアンショップや、ビンテージインディアンジュエリーの歴史を紐解く上でとても重要であり、前述の通り【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナが所属していたことでも知られる【Seligman's】セリグマンズ、1930年代後半にギャラップで創業した【Woodard's Indian Arts】ウッダーズインディアンアーツ、そしてアリゾナ州にオープンし、Babbitt's Indian Shopから移籍したKenneth Begay、Allan Keeという名工達によってその名を馳せた【White Hogan】ホワイト ホーガン等でも『HAND MADE』の刻印が使用されました。また、それらの店には1930年代中頃~1950年代に多く産出した素晴らしいクオリティーのターコイズが供給されていたという共通点も見られます。
その後、1980年代以降でも散見される『HAND MADE』の刻印ですが、相対的に高い技術を感じさせる作品に多く、有力なショップや工房で用いられた歴史的な傾向があったようです。
そして、それらの中でも本作は、デザイン・造形や刻印された文字の書体等から【Seligman's】セリグマンズで制作された作品である事が推定可能なピースです。


【Seligman's】セリグマンズは、1882年にニューメキシコ州のアルバカーキの少し北に位置するベルナリージョという町で【Nathan Bibo】ネイサン・ビボ と【Simon Bibo】サイモン・ビボによって創業されたトレーディングポストが前身となっています。
二人の経営者の甥である【Siegeried Seligman】ジークフリード・セリグマンと【Julius Seligman】ユリウス・セリグマンも1902年から共に働き始め、その二人が1904年頃には新しい経営者として会社を買い取っています。そして、その頃から業績も上向いていったようです。ジークフリートとユリウスは、会社名を【Bernalillo Mercantile Company】ベルナリージョ・マーカンタイル・カンパニーに改め、支店をオープンさせたり商品の拡充を図り、ベルナリージョにある本店では、12,000平方フィートの広さに金物・食料・雑貨・衣類・材木から棺まで、あらゆる商品を取り揃えていました。さらに、多くのプエブロインディアンと取引することで彼らの生活を支え、ホピのマンタ(服の代わりになるようなブランケット/ショール)等を大量に流通させたとされています。また、それらの取引は、その他のインディアン工芸品へも幅広く展開し、古いサントドミンゴ/キワ族のポッテリーをリバイバル制作して販売したことでも有名です。

そして、1930年代入るとジークフリートとユリウスはジュエリーの企画・販売を開始します。オーナーである二人がデザインに携わり、1939年まではたった2人のシルバースミスが制作を担当していましたが、工房の規模は拡大され、1940年には12人ものシルバースミスを雇い入れています。彼らの内11人はナバホの職人で構成され、ギャラップの周辺やシップロック出身者だったとされています。彼らは、5週間働いたあと2週間は休みが与えられ帰省することができたようで、当時多く存在したインディアンクラフト工房の中でも大変手厚い待遇だったようです。
また、セリグマンズの工房ではバッファー(仕上げ工程で磨きをかける機械工具)以外の機械は一切使用されず、職人はそれぞれの作業用ベンチが与えられて、全行程を一人の職人が担当していました。

1946年には店舗と住居を共にアルバカーキに移転。当時、シルバージュエリー制作の核となったのはナバホ出身の2人のシルバースミスで、【Merejido Chavez】メレヒルド・チャベスと【John Dennison】ジョン・デニソンという人物でした。メレヒルド・チャベスは以前に【Bell Trading Post】ベルトレーディングポストで働いていた経歴を持ち、セリグマンのジュエリーの中でも秀作が多く残されているツイステッドワイヤーを用いた作品は、ジークフリートがデザインし、メレヒルド・チャベスが制作したとされており、それらのデザインはセリグマンの1949年頃のカタログにイラストが掲載されており、その表紙にはもう一人のシルバースミスであるジョン・デニソンの写真が掲載されています。

そして、1959年にはインディアンジュエリーの中でもツーリストアイテムの歴史上、大変重要な人物である【M.J."Jerry"Chakerian】M.J.ジェリー・チャケリアンによって買収されました。チャケリアンはニューヨーク出身の敏腕ビジネスパーソンであり、ツーリストジュエリーの生産・流通に大きな影響を与えた人物です。
チャケリアンが買収後のセリグマンズでは、すでに一部で機械工程も導入され始めていたようですが、やはり古い製法を尊重し、【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ等、非常に高い技術を持った職人と共にデザイン/造形はモダンなものに進化させられ、伝統技術と共に後進に受け継がれていきました。
インディアンクラフトが産業化されていく工程をなぞる様にその歴史を刻んだショップであり、経営者が変わりながらその業態も変化したようですが、なぜかいつの時代でも、他の工房に比べ異彩を放つ独自性と技術を必要とするジュエリーの造形/デザインを生み出し続けた工房です。
おそらくチャケリアンが経営する時代のものは『HAND MADE』の刻印の上にアーチ状の『INDIAN』が刻印されています。


『STERLING』の刻印については、銀含有率92.5%の地金であることを示す表記であり、1930年代中頃には登場していた刻印です。ただし、ショップやトレーディングポストにおいて多用されるようになったのは戦後である1940年代末以降のようです。1940年代以前に作られたツーリストジュエリーでも散見されますが、第二次世界大戦中の銀の不足が影響したと推測され、1940年代末以降の作品で非常に多くみられるようになりました。『925』の表記も同じ意味を持っていますが、925の刻印はインディアンジュエリーにおいては非常に新しく採用された刻印であり、そのほとんどが1990年代以降の作品に刻印されています。
Sterling Silver/スターリングシルバー=925シルバーは、熱処理によって時効硬化性をもち、細かな細工や加工に向いている為、現在においても食器や宝飾品等様々な物に利用されています。


【Ingot Silver】インゴットシルバー(銀塊)からの成形は、アンティークインディアンジュエリーにおいて非常に重要なファクターですが、銀含有率/品位などの素材とは関係なく、ジュエリーの製法技術を表します。
現在制作されている作品の多くは、材料として市販されているシルバープレート(銀板/ゲージ)を加工することでジュエリーとして成形されていますが、インゴットから成形する製法では一度溶かしたシルバーを、鍛冶仕事に近い方法であるハンマーやローラーで叩き伸ばすことでジュエリーとして成形していきます。最終的にはどちらもプレートやバーの形態になるため、大きな差は無いように思われますが、インゴットから成形されたシルバーの肌は、硬くなめらかで鈍い光を持っています。それにより生み出されるプリミティブで武骨な作品の表情は、やはりアンティークインディアンジュエリーの大きな魅力です。
また、1930年代にはシルバープレートが登場しますが、当時シルバープレートを用いて制作されたジュエリーは政府によりインディアンクラフトとして認定されず、グランドキャニオンなどの国立公園内で販売できなくなった記録も残っています。


本作も上下のハーフラウンドワイヤーは、ある程度キャストで制作した地金/インゴットシルバー(銀塊)をローラーで伸ばすことで成形され、細いワイヤーながら硬く重厚な質感を持っています。
また、シンプルで素朴な印象となっていますが、制作された当時には強いオリジナリティーを誇っていたと思われ、細部まで観察することでモダンで洗練されたシルバーワークと高い完成度を感じることが出来ます。

またそのさり気ない印象は非常に汎用性が高く、日常のラフなスタイルだけでなく多くのシーンにフィットさせることが可能です。さらに、他のバングルと重ね付けにも向いた作品ですが、厚みのある地金により単独でもしっかりとした存在感を持っており、長年にわたってご愛用いただける重厚感もあるブレスレットです。

卓越した技術と特別な造形センスを持ったシルバースミスによって作られた作品であり、ビンテージの中ではキラーピースの一つとなっています。

◆着用サンプル画像(10枚)はこちら◆


コンディションはある程度の使用感が見られ、エッジには多少の摩耗が確認できます。また、コイルには僅かな隙間がありますが、これらはダメージではなく制作時のムラではないかと思われます。
ダメージやリペア跡などは無く、ご着用に当たって不安のないコンディションとなっています。
【NAVAJO】ナバホか【PUEBLO】プエブロのビンテージジュエリー、インゴットシルバー(銀塊)から成形されたハーフラウンドワイヤー2本と、細いワイヤーによるコイル(螺旋状に巻いた状態)を3連に重ねてバンド(地金)に構成した作品。シンプルで素朴な雰囲気ながら心地よい重量感を有し、手の込んだシルバーワークによって仕上げられたアンティーク/ビンテージバングルです。

1950年代前後に作られた作品と思われ、インゴットシルバー(銀塊)から成形したハーフラウンドワイヤーは、さり気なくも効果的なスタンプワークが刻まれています。そして、それらを上下に配し、中央にコイルドワイヤーを挟み込むことで3連のバンドを作り上げています。
このようなコイルは、細いシルバーワイヤーを丸い棒に巻き付けることで作り出しており、インディアンジュエリーでは1930年代以前から見られる彫金技術の一つです。特に古いピースではサントドミンゴ族/キワの作品で多く使われた技術とされ、当時の作品では、コイルを制作後、さらにハンマーによって叩き鞣すことで作り上げた螺旋状のワイヤー装飾が多く見られます。1950年代以降では【Cochiti】コチティの大巨匠【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ(1915-1991)の作品において、本作と同様にコイルをそのままバンドに構成した作品が散見されます。さらに、Joe H. Quintanaはこちらの作品が制作されたと推定される工房【Seligman's】セリグマンズに在籍していた経歴があり、在籍時に吸収したディテールの可能性が高いと思われ、本人が制作した可能性も排除できません。さらに、現代においても【Tahe】タヒファミリー等のシルバースミスが技術を受け継ぎ、少し違った印象ながらコイルを基本としたワイヤーの作品を制作しています。
その様なコイルドワイヤーを始め、スタンプワーク等のシルバーワークはどれもプリミティブで伝統的な技術となっていますが、その仕上がりはどこかモダンで現代的な表情を持っています。


内側には925シルバー製であることを表す『STERLING』と共に『HAND MADE』の刻印が施されています。この『HAND MADE』のスタンプにより、1930年代後半~1950年代に、アメリカ中西部に誕生した多くのインディアンジュエリーショップの中でもいくつかのショップ/工房が推測されます。
最初に『HAND MADE AT THE INDIANS』 『HAND MADE BY INDIANS』を使用したのは1920年にコロラド州で創業した【GARDEN OF THE GODS TRADING POST】ガーデンオブザゴッド トレーディングポストです。1930年代には、当時【Kenneth Begay】ケネス・ビゲイと【Allan Kee】アレン・キーが所属していたフラッグスタッフの【Babbitt's Indian Shop】バビッツ・インディアンショップや、ビンテージインディアンジュエリーの歴史を紐解く上でとても重要であり、前述の通り【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナが所属していたことでも知られる【Seligman's】セリグマンズ、1930年代後半にギャラップで創業した【Woodard's Indian Arts】ウッダーズインディアンアーツ、そしてアリゾナ州にオープンし、Babbitt's Indian Shopから移籍したKenneth Begay、Allan Keeという名工達によってその名を馳せた【White Hogan】ホワイト ホーガン等でも『HAND MADE』の刻印が使用されました。また、それらの店には1930年代中頃~1950年代に多く産出した素晴らしいクオリティーのターコイズが供給されていたという共通点も見られます。
その後、1980年代以降でも散見される『HAND MADE』の刻印ですが、相対的に高い技術を感じさせる作品に多く、有力なショップや工房で用いられた歴史的な傾向があったようです。
そして、それらの中でも本作は、デザイン・造形や刻印された文字の書体等から【Seligman's】セリグマンズで制作された作品である事が推定可能なピースです。


【Seligman's】セリグマンズは、1882年にニューメキシコ州のアルバカーキの少し北に位置するベルナリージョという町で【Nathan Bibo】ネイサン・ビボ と【Simon Bibo】サイモン・ビボによって創業されたトレーディングポストが前身となっています。
二人の経営者の甥である【Siegeried Seligman】ジークフリード・セリグマンと【Julius Seligman】ユリウス・セリグマンも1902年から共に働き始め、その二人が1904年頃には新しい経営者として会社を買い取っています。そして、その頃から業績も上向いていったようです。ジークフリートとユリウスは、会社名を【Bernalillo Mercantile Company】ベルナリージョ・マーカンタイル・カンパニーに改め、支店をオープンさせたり商品の拡充を図り、ベルナリージョにある本店では、12,000平方フィートの広さに金物・食料・雑貨・衣類・材木から棺まで、あらゆる商品を取り揃えていました。さらに、多くのプエブロインディアンと取引することで彼らの生活を支え、ホピのマンタ(服の代わりになるようなブランケット/ショール)等を大量に流通させたとされています。また、それらの取引は、その他のインディアン工芸品へも幅広く展開し、古いサントドミンゴ/キワ族のポッテリーをリバイバル制作して販売したことでも有名です。

そして、1930年代入るとジークフリートとユリウスはジュエリーの企画・販売を開始します。オーナーである二人がデザインに携わり、1939年まではたった2人のシルバースミスが制作を担当していましたが、工房の規模は拡大され、1940年には12人ものシルバースミスを雇い入れています。彼らの内11人はナバホの職人で構成され、ギャラップの周辺やシップロック出身者だったとされています。彼らは、5週間働いたあと2週間は休みが与えられ帰省することができたようで、当時多く存在したインディアンクラフト工房の中でも大変手厚い待遇だったようです。
また、セリグマンズの工房ではバッファー(仕上げ工程で磨きをかける機械工具)以外の機械は一切使用されず、職人はそれぞれの作業用ベンチが与えられて、全行程を一人の職人が担当していました。

1946年には店舗と住居を共にアルバカーキに移転。当時、シルバージュエリー制作の核となったのはナバホ出身の2人のシルバースミスで、【Merejido Chavez】メレヒルド・チャベスと【John Dennison】ジョン・デニソンという人物でした。メレヒルド・チャベスは以前に【Bell Trading Post】ベルトレーディングポストで働いていた経歴を持ち、セリグマンのジュエリーの中でも秀作が多く残されているツイステッドワイヤーを用いた作品は、ジークフリートがデザインし、メレヒルド・チャベスが制作したとされており、それらのデザインはセリグマンの1949年頃のカタログにイラストが掲載されており、その表紙にはもう一人のシルバースミスであるジョン・デニソンの写真が掲載されています。

そして、1959年にはインディアンジュエリーの中でもツーリストアイテムの歴史上、大変重要な人物である【M.J."Jerry"Chakerian】M.J.ジェリー・チャケリアンによって買収されました。チャケリアンはニューヨーク出身の敏腕ビジネスパーソンであり、ツーリストジュエリーの生産・流通に大きな影響を与えた人物です。
チャケリアンが買収後のセリグマンズでは、すでに一部で機械工程も導入され始めていたようですが、やはり古い製法を尊重し、【Joe H. Quintana】ジョー・キンタナ等、非常に高い技術を持った職人と共にデザイン/造形はモダンなものに進化させられ、伝統技術と共に後進に受け継がれていきました。
インディアンクラフトが産業化されていく工程をなぞる様にその歴史を刻んだショップであり、経営者が変わりながらその業態も変化したようですが、なぜかいつの時代でも、他の工房に比べ異彩を放つ独自性と技術を必要とするジュエリーの造形/デザインを生み出し続けた工房です。
おそらくチャケリアンが経営する時代のものは『HAND MADE』の刻印の上にアーチ状の『INDIAN』が刻印されています。


『STERLING』の刻印については、銀含有率92.5%の地金であることを示す表記であり、1930年代中頃には登場していた刻印です。ただし、ショップやトレーディングポストにおいて多用されるようになったのは戦後である1940年代末以降のようです。1940年代以前に作られたツーリストジュエリーでも散見されますが、第二次世界大戦中の銀の不足が影響したと推測され、1940年代末以降の作品で非常に多くみられるようになりました。『925』の表記も同じ意味を持っていますが、925の刻印はインディアンジュエリーにおいては非常に新しく採用された刻印であり、そのほとんどが1990年代以降の作品に刻印されています。
Sterling Silver/スターリングシルバー=925シルバーは、熱処理によって時効硬化性をもち、細かな細工や加工に向いている為、現在においても食器や宝飾品等様々な物に利用されています。


【Ingot Silver】インゴットシルバー(銀塊)からの成形は、アンティークインディアンジュエリーにおいて非常に重要なファクターですが、銀含有率/品位などの素材とは関係なく、ジュエリーの製法技術を表します。
現在制作されている作品の多くは、材料として市販されているシルバープレート(銀板/ゲージ)を加工することでジュエリーとして成形されていますが、インゴットから成形する製法では一度溶かしたシルバーを、鍛冶仕事に近い方法であるハンマーやローラーで叩き伸ばすことでジュエリーとして成形していきます。最終的にはどちらもプレートやバーの形態になるため、大きな差は無いように思われますが、インゴットから成形されたシルバーの肌は、硬くなめらかで鈍い光を持っています。それにより生み出されるプリミティブで武骨な作品の表情は、やはりアンティークインディアンジュエリーの大きな魅力です。
また、1930年代にはシルバープレートが登場しますが、当時シルバープレートを用いて制作されたジュエリーは政府によりインディアンクラフトとして認定されず、グランドキャニオンなどの国立公園内で販売できなくなった記録も残っています。


本作も上下のハーフラウンドワイヤーは、ある程度キャストで制作した地金/インゴットシルバー(銀塊)をローラーで伸ばすことで成形され、細いワイヤーながら硬く重厚な質感を持っています。
また、シンプルで素朴な印象となっていますが、制作された当時には強いオリジナリティーを誇っていたと思われ、細部まで観察することでモダンで洗練されたシルバーワークと高い完成度を感じることが出来ます。

またそのさり気ない印象は非常に汎用性が高く、日常のラフなスタイルだけでなく多くのシーンにフィットさせることが可能です。さらに、他のバングルと重ね付けにも向いた作品ですが、厚みのある地金により単独でもしっかりとした存在感を持っており、長年にわたってご愛用いただける重厚感もあるブレスレットです。

卓越した技術と特別な造形センスを持ったシルバースミスによって作られた作品であり、ビンテージの中ではキラーピースの一つとなっています。

◆着用サンプル画像(10枚)はこちら◆


コンディションはある程度の使用感が見られ、エッジには多少の摩耗が確認できます。また、コイルには僅かな隙間がありますが、これらはダメージではなく制作時のムラではないかと思われます。
ダメージやリペア跡などは無く、ご着用に当たって不安のないコンディションとなっています。
Size

レディースサイズ L - XL 程度
メンズサイズ S - M 程度

内径最大幅 約56.8㎜    正面幅(高さ) 約10.5㎜
内周 約132㎜    開口部 約23㎜
Inside Measurement 5 3/16inch   opening 15/16inch 

※バングルはサイズ調整可能です。Lサイズ以下の男性、Lサイズ以上の女性であればほとんどの方にフィットすると思います。
ただし、サイズ調整の際は無理な力を加えますと破損の原因となることがありますのでご注意ください。

Material

Sterling Silver
        約28.0g